出光佐三の名言 一覧

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出光佐三のプロフィール

出光佐三、いでみつ・さぞう。石油元売り会社大手の出光興産創業者。神戸高等商業学校(のちの神戸大学)卒業後、神戸で小麦と石油を商う酒井商店に丁稚として入社。25歳で独立し出光興産の前身である出光商会を創業。貴族院議員も務めた。

会社がいよいよ駄目になったら、みんなと一緒に乞食をするまでだ。


私は日本人として生まれ、日本人として育てられ、そして日本人として経営をしている。


独立不羈(どくりつふき)の精神の根本は、人間尊重であり、自己尊重であり、他人尊重である。


何をやるにしても考えて考え抜く。それが私の一生である。


人は黄金の奴隷になってはいけない。


金を軽んじても重んじてもいけない。


  1. 黄金の奴隷になるな。
  2. 学問の奴隷になるな。
  3. 法律、組織、機構の奴隷になるな。
  4. 権力の奴隷になるな。
  5. 数、理論の奴隷になるな。
  6. 主義の奴隷になるな。
  7. モラルの奴隷になるな。

僕がいつも楽観的だと評されるのは、ひとえに苦労のたまものだ。恒心を得たのである。
【覚え書き|恒心(こうしん)=常にぐらつかない心】


自分に薄く、その余力をもって人のために尽くせ。


よく私のやっていることは非常に変わっておると言われるが、一般人とは全然違った歩き方をしているからだろう。それは結局、本を読まずに考えてきたことから来たんじゃないかと思う。体が弱いし神経衰弱であるから第一に仕事を怠ける。何をやってもすぐあくびが出たり嫌になってしまう。また短気になる。それを何とか克服していこうというので病と闘ってきた。それが私の一生を貫く大きな原動力になった。


私は人材本位であり、金は儲けたいが信用を落としてまで金を儲けることはできない。すると、支店長あたりから見ると私のような考えは馬鹿らしく思えるらしい。「世の中は金がなければなんにもできない。どんなことをしても金は儲けたいというのが万人の望みではないか」と言うのだ。それで、支店長と私はいつも喧嘩した。


君らは3年か5年大学に行ったために自惚れすぎている。そして、人間が完成したように思っているが、人間というものは実に何も力はないのだ。ここの会社に入ったならば、まず俺は大学を出た、卒業したという気持ちと卒業証書を捨てろと言う。人間社会の人情の複雑な中に飛び込んで、その中で鍛えて鍛えて鍛え上げていくところに人間の偉さが出てくる。苦労をすればするほど人間は完成に近づくのだ。
【覚書き|大卒の新入社員に語った言葉】


門司に出て石油の店を始めた。それまでは小麦をやっていたのを、なぜ石油にしたかというと、潤滑油は毎月売れるからだ。衣食足りて礼節を知るというから、まず衣食の道だけは決めてかからねばならない。それには潤滑油みたいに毎月売れるものをというわけだ。


人間は自分のする仕事が直接目に見えないと、仕事をする気にはならないものだ。第一線の本当に働く人だけで仕事をやったらいいだろう。人間があまりに多いと、自分の仕事の持ち分がわからなくなる。そうしたときは働かなくなる。
【覚書き|太平洋戦争中、軍に対しての発言。当時軍は南方への石油配給について大きな石油会社を設立し、各国に子会社を置き、さらに石油委員会を置くという3重管理を行おうとしていた。出光氏はそれでは効率が悪いからやめなさいと提案した】


本を読まなかったので自然自分で考えるようになる。本を読んでいたらかえって何事も人の後を追っかけているようなことが多かったろう。私の考えはそこで生きてくる。人間は学問や理屈以外にも自分を磨く方法がある。


いままでの世界カルテル(石油メジャー)というのは世界的には非常な貢献をしている。それがために今日の石油の繁栄がある。しかし、それにしても出光はカルテルに始めから終わりまでいじめつけられた。このことを根に持ったことは一時はあった。しかし、これは商売であるから、私はカルテルの過去の恩義を恩義として考えたい。日本のためにカルテルに尽くしてもらうようにすることが、私のこれからの仕事だと思っている。


私は今後は、何もいままでのことにとらわれないで、出光個人の感情ではなく、私たちの仕事は国家の仕事であるという見地から仕事を進めていきたいという気持ちを持っている。


石油カルテルは悪いものかというと決して悪いものではない。これがあったから世界の石油資源が開発され市場も大きくなって今日の石油事業が存在するのである。メジャー・カンパニーがやっているカルテルは大功労者である。けれどもこちらが隙を与えると独占されて高く売りつけられる。こちらが実力を持って隙を与えないようにして向こうを利用していけば、向こうも喜んで日本のために尽くす。これがカルテルの本当の姿である。であるからこちらは実力をしっかり持っていなければならない。


いまの官庁などは人間が組織に使われているが、我々の方は人間が組織を使うのだから組織は小さくてもいい。では組織は無用かというと無用じゃない。最小限度に使う。法律でも規制でも人間がしっかりしておれば最小限度で済む。私の会社は小さい組織だ。


生産者、消費者にどうしたら利益を与えるかというと、一番手っ取り早い話が経費の節約である。いろいろな関門、問屋、卸屋、小売、という経費を節約することである。


学校を卒業して商売人になろうとした卒業間際に、内池廉吉博士がこう言われた。「これから商人というものはなくなる」と。私はこれから商人になろうとしているのに、これには驚かされた。また、「ただし、ひとつだけ残るだろう。それは生産が非常に複雑になり、消費者も無論複雑になる。この複雑な生産者と消費者の間に介在して、双方の利益を図る配給者としての商人がひとつ残る。これは学理である」と。


私の育った町は特殊な土地柄で、宗像神社という有名な神社があった。私はその御神徳を受けたと考えている。私はいま神社の復興をやっているが、神というものをいまの人はバカにしている。私どもにはバカにできない事実がたくさんある。私の会社は災害を一度も被っていない。理屈はいろいろつくかもしれないが、社員は神の御加護と信じているのだからしょうがない。また信じないわけにはいかないだろう。


いま一人静かに考えると、体の弱かったということは不幸せであったが、その反面、非常に自分というものが変わったものにできたと思っている。


禅的な言葉でいえば自分を殺す、身を犠牲にするというか克己の精神、これが私の信念である。したがって会社の経営も利益本位じゃなく商売本位、事業本位という考え方になった。


法律、組織、機構の奴隷となるな。
【覚書き|太平洋戦争前から口にしていた言葉。違法なことをしろという意味ではなく、軍国主義に向かう政府や欧米の石油資本などの理不尽な要求に負けるなという意味が込められている。】


商売気を離れて油の用意をした。私のお客だけは油不足で仕事を休むようなことはなかった。他の事業会社では油が切れて事業を休んだところがたくさん出た。私はただお客のために油を用意しただけだ。しかし戦争が済んだら、油は出光に任せておけということになった。金は儲けなかったが、得意先を儲けたのだ。


君たち、店員(従業員)を何と思っておるのか。店員と会社はひとつだ。家計が苦しいからと、家族を追い出すようなことができるか!
【覚書き:太平洋戦争敗戦で出光の海外部門をすべて失い、海外部門で働いていた従業員たちをどうするか社内で話し合った時の言葉。出光はこの後、一人もリストラせずに経営再建を成し遂げた】


人の頼みがたきを言うは、人その人を得ざりし所以にして、人その人を得れば必ずや好結果を得る。


本を読まなかったので、自然自分で考えるようになった。本を読んでいたら仕事も人の後を追っかけているようなことが多い。考えて考えて考え抜くことが大事だ。【覚書き:知識も大切だが、考えることで生まれる知恵も大切だと説いた言葉】


出光の仕事は金もうけにあらず。人間を作ること。経営の原点は人間尊重です。世の中の中心は人間です。金や物じゃない。その人間というのは、苦労して鍛錬されてはじめて人間になるんです。金や物や組織に引きずられちゃいかん。そういう奴を、僕は金の奴隷、物の奴隷、組織の奴隷という手攻撃している。


終戦から2日後の8月17日、社員一同に対し僕は3つのことを伝えた。

  1. 愚痴を止めよ。
  2. 世界無比の三千年の歴史を見直せ。
  3. そして今から建設にかかれ。

愚痴は泣き言である。亡国の声だ。昨日までの敵の長所を研究し、取り入れ、己の短所を猛省し、全てをしっかりと腹の中に畳み込んで、大国民の態度を失うな。
【覚え書き|太平洋戦争敗戦直後、社員達への激励の言葉】


僕は努めて難関を歩け、ということを言ってきた。イージーゴーイングをやって、ここにきた人は、ここまでは難関を歩いてきた人と一緒であるが、この先にまだ難関がある。その時には、もう登れない。


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