内藤由治の名言 一覧

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内藤由治のプロフィール

内藤由治、ないとう・よしはる。日本の経営者。清涼飲料水メーカーのポッカコーポレーション会長。愛知県出身。名古屋大学法学部卒業後、ソニーに入社。同社のフランス法人勤務を8年経験したのち退職。その後、創業者である義兄の頼みでポッカコーポレーションに入社。取締役、経営企画部長、東京支店長などを経たのち社長に就任。2005年、経営危機に瀕したポッカを非上場化させ、経営改革を行った経営者。

私は本来、代表取締役会長はあってはならないと考えていました。欧米のようにCEO(最高経営責任者)とCOO(最高執行責任者)がわかれているのなら納得できますが、日本ではどっちつかずの二頭政治になってしまうからです。代表権を持つのは一人でいいのです。若い人の方が力もあるし、踏ん張りもきくでしょう。


私は「全社員株主会社」と呼んでいますが、MBOに際して全社員に株式を取得する権利を与えました。一人一人が自分の会社の株を持つことで、当事者意識、株主の目線で考え、各自の持てる力を十分に出し切って改革を提案してくれると考えたからです。


人望というものは人工的に創り上げるものではありません。これは、その人の「ぶれない経営哲学」とか会社にすべてをコミットしているという「その人の覚悟」というものが必然的に醸し出すものだと思っています。


カリスマ創業者がいる会社の社員は、次もカリスマ性のあるトップを望むものです。自分はただ付いていくほうが楽だからです。カリスマ性のない僕の場合は、誰でも参画でき、組織として機能する会社を目指しました。従って、常に目線と姿勢を現場社員と同じレベルに合わせることに努めました。飲み会に参加する。出来るだけ多くの人との懇談の機会を設ける。常に自由に意見を言えるような雰囲気をつくる等々です。


幹部に中期計画の作成を頼んでも作れない。社長が自ら中期計画を作っているようでは、会社は成り立たないですよね。仕方なく、血を変える、組織を根底から変えるつもりで、どんどん外部から採用しました。しかし能力、スキルの高い人が入社しても、定着率は10%未満。なぜかというと、社風が合わずに能力が発揮できず、不満が溜まって退職していくんです。


私は短気で、思い立ったらすぐやらないと気が済まない。早急すぎて社内をザワつかせてしまった。間違いではなかったと思いますが、大勢が納得できる方法はあったはず。その辺の按配は年配の人の方がよく分かっているものです。もしその時、「目的は同じでも、こういう方法がある」ということを助言してくれる人がいれば、聞いていたでしょう。トップは孤独なものです。責任と決断の重みで、病気にすらなる。社員の中に、人格者で私利私欲のない人がいてくれたら、相談できて、やり方も違っていたと思います。
【覚書き|社長就任当時、改革を焦っていたときを振り返っての発言】


成功の裏には苦渋があったはず。どんな経営者でも失敗はしているものです。途中から失敗を成功にしていったケースや、会社に影響しない程度の失敗は数知れないでしょう。


ポッカが経営危機を迎えた2005年、私は社長として投資ファンドと経営陣によるMBOで株式上場を廃止する決断をしました。創業者に頼ってしまうぬるま湯体質から脱却する意識改革と、抜本的な経営改革を進めるためです。株式の非公開化には退路を断つという意味もありました。


私は大学卒業後、ソニーに入社し、フランスに8年間駐在しました。海外に出ると日本人と外国人を比較するためか、人間としての自分の価値観を持つことが大事になります。私の価値観もフランスに行ってから形成されました。


信頼することはリーダーが飛躍する要素であり、会社が伸びる力にもなるでしょう。人材育成で一番重要なことは、リーダーが部下を信じることです。トップがそういう姿勢を示せば、部下は何倍にもして返してくれる。たとえ裏切られたとしても、騙されたとしても、「何か理由があったのだろう」と思えばいい。「受け入れること」が一番重要なことです。


盛田昭夫さんが素晴らしかったのは、一つの業務を遂行しようする時、同じ人に何回も言う。周囲の人にも話す。それはポッカの谷田さんも全く同じ。性格がくどいのかと思いましたが、それは違いました。意識して何度も言わないと伝わらない。書面で一度送ったぐらいで伝わっていると思ったら大間違いです。私がそのことに気づいたのは、ずっと後になってから。もっと早く知っておくべきでした。


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