佐藤東里の名言 一覧

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佐藤東里のプロフィール

佐藤東里、さとう・とうり。日本の経営者。日立マクセル会長。日立製作所副社長を経て日立マクセル社長に就任。Jリーグの柏レイソル社長としても活躍し、同チームを経営面で支えた人物。

上手くいっていない組織があると、頭の固い人間を別の部署に移し、頭の柔らかい人間を引っ張ってくる人事を断行しました。その結果、社内に活力が生まれ、半導体部品や精密成型技術などの分野で新発想の技術や製品が開発されるようになったのです。


経営者は会社全体に明るさをもたらすことが必要です。難題が山積していても、どこか良い点に光を当てて、やる気を出させるように心がけています。


近頃、アジアの台頭が目覚ましく、先端品であっても、日本で開発してアジアで量産するというパターンが増えています。開発そのものがアジアに移っていくようであれば、それこそ日本のモノつくりはおしまいです。日本企業が日本を基盤にして生き残っていくためには、他に真似ができない技術や製品の開発が不可欠です。そのために経営者にできることは、発想が柔軟な人間を要所に配置することであると確信しています。


私の判断で、携帯電話などに使われる二次電池(充電できる電池)の事業を立ち上げることにしました。ところが、二次電池の開発が思うように進まないのです。それまで我が社は一次電池(使い捨て電池)の事業である程度の実績を上げていたので、二次電池開発はスムーズにいくと踏んでいたのですが甘かった。あるとき、廊下で出くわした記録メディア担当のキーマン二人に「二次電池はなかなか難しい」と話したら「二次電池は構造的に記録メディアに近いんです」と二人が言うんです。その一言を聞いて「これだ!」と直感し、すぐに記録メディア事業のキーマンを二次電池開発責任者に据えました。そうしたら半年もたたないうちに開発が完了し、その翌年、リチウムイオン二次電池事業が黒字化しました。


月並みですが「変革とスピード」をスローガンに掲げ、既存事業の見直しとテコ入れをやり、企業イメージの刷新を図りました。それまでの「オーディオテープのマクセル」から「コンピュータのマクセル」へと、転換を図ったのです。翌年には黒字回復しましたが、まだまだ先行きに不安を残していたこともあり、新規事業の推進に乗り出しました。


「このままでは会社がつぶれてしまう」。5年前、日立マクセルの社長に就任したときの率直な感想でした。主力製品の成熟化で業績が低迷しており、会社全体に活力がなく、閉塞感が漂っていたのです。これではまずい、何とかしなければと、気がついたら改革に乗り出していました。


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