佐藤康博の名言 一覧

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佐藤康博のプロフィール

佐藤康博、さとう・やすひろ。日本の経営者。みずほフィナンシャルグループ社長。東京都出身。東京大学経済学部卒業後、日本興業銀行に入行。同行総合企画部長、みずほコーポレート銀行の国際企画部長、インターナショナルバンキングシニアコーポレートオフィサー、執行役員、常務、副頭取、頭取などを経て、みずほフィナンシャルグループ社長に就任。

3人のトップで物事を決めるというのは、どうしても意志決定のスピードで劣る。これだけ経済や社会の動きが激しい中で、意志決定者が何人もいるようでは勝てません。


国内で利益3番手に甘んじるわけではありません。ただ、短期的に負けたとしても、長い目で見た時に最も存在感のある金融機関になるべきです。若い人には常にそう言ってます。


銀行・信託・証券の3つが融合して有機的に動くことで、ひとつの機能では生まれなかった商品をご提供できます。人事交流を活発に行っていますから、もはや自分がどこ出身かだなんて気にならないくらいになって欲しい。


私は「利益で(国内)3番手とかを気にするな」とみんなに話しています。一番儲かる銀行が偉いわけではないと思うんです。もちろん、収益は上げなければいけないし、株主からの負託を受けているのは事実です。ただ、そのために何でもいいから数字を作ってしまうのは、どうかと。


金融機関を活用するのは、個人であれば家やクルマといった大きな買い物をするときです。会社を興すときや設備投資などの事業拡大でもお付き合いが必要です。金融機関は、夢や未来に対して、一番近い存在なのです。会社の生き死ににも関わってくる重要な仕事なわけで、社会的な使命感を持たなければいけません。


ソニーや東芝が小さな会社だった時にも、そこには必ず金融機関がいたわけです。失われた20年で、金融機関は果たすべき役割をきちんとやってこなかった。取るべきリスクをきちんと取り、顧客ニーズに応えられる存在に、今こそ変わるべきです。


私の父や祖父は60代で亡くなっています。そうしたせいか、人生は有限であり長期的なスパンをもって組み立てていくことが必要だという意識を持っています。


毎日、多くのお客様とお会いしますが、ここから得られる情報は、非常に大切なものです。


私は金融は情報産業だと思っています。持ち株会社の社長就任記者会見の際、私は「お客様と会う時間は1分たりとも削らない」と言いましたが、それはお客様からお聞きする話の中にこそ、ビジネスや銀行経営にとっての多くの示唆があると考えるからです。


ときどき「忙しいんだから都心に住めばいいんじゃないか」とアドバイスしてくださる方もいます。でも、都心から離れているからこそ平日は通勤時間にいろいろな思索ができ、休日には仕事から離れてリラックスした時間を過ごせるのです。国立で暮らすということが、私の時間管理のベースなのかもしれません。


経営トップとして、長期的な時間軸で自分が行うべきことを組み立てて、それから中期的に行うこと、短期的に行うこととブレークダウンして考えるようにしています。


ニューヨーク支店に5年ほど勤務していたのですが、日本との時差は13時間。ニューヨークで夜に入ると東京の本社が始業となり、深夜まで仕事をするという毎日でした。当時は体力もあり、夜中2時に仕事が終わると一杯飲みに行くという生活を平気でこなしていましたが、かなり無茶な時間管理だったかもしれません。自分を磨くという意味ではよい経験だったのかなと思います。


ニューヨーク支店時代よく考えていたのは、「この1時間にどれだけの仕事を詰め込めるのか」ということでした。効率化して時間を短縮するのではなく、使える時間をいかにフル活用するかということです。


書くことは頭に入れることです。メモ帳は私にとって非常に大事なものです。ただ、モノ自体は100円程度のものですし、鉛筆もゴルフのスコアカードをつけるときに使うものを使っています。


思索ででてきたアイデアや戦略、修正点は、メモに書きとめるようにしています。アイデアは突然いろいろなところで浮かんでくるのでメモ帳と鉛筆は、お風呂場やベッド、台所やトイレなどあらゆる場所に常備しています。書いたメモは破ってポケットに忍ばせ、必ず後で大きなノートにカテゴリー別に書き込みます。


1日の中で非常に大事にしているのは、通勤のクルマの中での時間です。行き帰りの約3時間は思索の時間です。行きはシミュレーション、帰りはレビューの時間と位置付けています。行きはマクロ、ミクロを含めてケースを想定し、大きなテーマについては頭の中にデシジョン・ツリーを描き、「このケースはこう、あのケースならこう」と思索を深めます。帰りは1日の仕事を振り返り、新たに入手した情報やそこから浮かび上がってきた課題を整理します。


りそなホールディングスの細谷英二会長には、ずいぶん話を聞きに行きました。私は旧行出身者だけに、JRという外部出身の細谷会長よりも統合の改革に困難が伴うでしょう。しかし、実力で出世できる組織であることを、グループ内にわかりやすく示していきたいと思っています。


人間は、公平な人事が担保されていないと、人事権を持つ人に近づきたくなるものです。しかし、そういうことは根絶やしにしなければなりません。私は一人のトップとなったので、人事は絶対に自分で決めます。しかし、私も興銀出身という背番号を持っています。周囲もそういう目で見ますから、第三者である外部の人事アドバイザーの意見をくみ取る形の人事制度にしたい。


グループで5万7000人の従業員の融和をどう進めるかが大きな課題です。統合する前の出身銀行の壁、現在の組織体制からくる壁、若い世代と急行出身者との壁、この3つを乗り越えるのは正直、至難の業だと思っています。ですが、私に与えられた大きな責任です。まずは飲み会でも何でも開き、お互いを知ることから始めようと呼びかけています。


みずほは日本の金融機関として、日本に軸足を置く。もともと、みずほという社名は、日本(瑞穂の国)という意味。ホームグラウンドで確固たる地位がなければ、グローバルな金融市場で存在感を示すことはできない。


社員が中期計画を上から与えられたものと思ったら終わり。自分たちの中期計画だと思わないと看板倒れになる。


今回、銀行・信託・証券を貫く横串として、事業ごとにユニットを置く。ユニットは企画から収益管理まで責任を負うが、各ユニット長は持ち株会社のメンバーも兼務する。さらに持ち株会社には銀・信・証のトップから成る経営会議を設置し、全体の戦略の統一を図る。


バブル崩壊後日本の金融が果たした役割を振り返ると、忸怩(じくじ)たる思いがある。金融の本来の姿は、リスクを取って新しい産業を興すことだ。メガソーラー、農業高齢者用介護住宅など、日本に成長分野は多い。今後はリスクを果敢に取る。そうでないと金融機関の存在価値を発揮できない。


単体の金融機関がいかに強かろうとも、ホームグラウンドである日本の金融や産業が、ぺんぺん草が生えるような状況になってしまった時に、国際金融社会において日本の金融機関がリスペクトされることはあり得ないだろうと思います。やはり日本の金融機関である以上、日本を強くするということに深く関わっていないと、結局は世界でも戦っていけません。ドイツ銀行やJPモルガン・チェースしかり、海外で活躍する金融機関はホームグラウンドにしっかりと根を下ろしている。


目先の収益、例えば1年ぐらいの目線で見た収益力ということになると、海外がかなりいいと思います。ただ、海外がずっと好調かというと、そうではない。アジアの資金需要は既に社債にシフトしており、貸し出しはやや落ちてきています。


「リバースモーゲージ(不動産信託の機能を活用し、不動産を担保にして老後の資金をご提供するサービス)」のビジネスモデルは国内だけにとどまりません。というのも、お隣の韓国や中国でも高齢化は進んでいます。急速な都市化と、その後の高齢化は日本に限った話ではないのです。高齢化や介護という問題に対して、日本が経てきた問題と解決手段を、将来的に海外で活用できる可能性があります。高齢化先進国として、日本に軸足を置く意味がそこにあるのです。


どこ出身だろうと関係ない。海外に行きたい若手にはきちんとチャンスを与える。地道な努力で垣根を取り払わなければいけません。2つの銀行(みずほ銀行、みずほコーポレート銀行)を本当の意味での「One MIZUHO」に変えていくには、もっと努力が必要ですね。


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