佐藤優の名言 一覧

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佐藤優のプロフィール

佐藤優、さとう・まさる。日本の作家、官僚。東京出身。同志社大学大学院神学研究科終了後、外務省に入省。イギリス、ロシアの日本大使館に勤務したのち、外務省国際情報局分析第一課主任分析官として対ロシア外交に携わる。背任と偽計業務妨害容疑で有罪が確定し外務省を失職。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』で毎日出版文化賞特別賞、『自壊する帝国』で新潮ドキュメント賞・大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

限られた時間の中で最高のアウトプットをしようと思えば、時間あたりの生産性を高めていくしかない。


極端な形での「頑張らない生き方」をしていると、奈落の底に落ちる危険がある。


人間の心理は不思議なもので、モースが『贈与論』で詳しく論じているように、与えられ続けると、ある臨界点を越えたところで相手に返したくなるんです。


仕事上の努力が上司にわかってもらえないのは、努力が足りないか、表現方法が悪いかのいずれかか、両方かということでしょう。


家族関係はいわゆる「ギブ&テイク」ではなく「ギブ&ギブ」が基本です。


この先は国も会社も、社会も頼れない。自分と家族の生活とその行く末は、自分たちで考え、守らなければならない。経済力、仕事の能力も含めた自分の力がいかほどのものか、妻に子に老親に、自分が何をしてやれるのか、逆に何をしてやれないのかを冷静に見る徹底したリアリズムが必要となるのです。


政治の基本的なゲームのルールは、味方と敵を峻別することにある。これは、内政や外交、また会社や役所の内部で行われる権力闘争のすべてにおいて適用される、基本中の基本だ。


敵を憎むのは人間として自然な感情である。ただし、憎しみというプリズムを通して物事を観察すると、どうしても認識が歪んでしまう。歪んだ認識に基づいた判断は、間違える可能性が高い。あえて敵を愛するというような心構えを持つことで、より客観的に対象を観察し、判断を誤らないようにできる。


政治的に敵であると認識することと、相手を憎み断罪するということは、まったく別の話だ。外交の世界では、国家間の利害が敵対しているときにこそ、外交交渉に従事する外交官の人間的信頼関係が重要になる。


人が思い悩むのは自然の心理。悪いことではありませんし、悩みながら新たな何かをつかみ取ることもあります。が、あまりにそこに囚われすぎると目が曇ります。


教育にお金をかけられないなら、社会に出て確実に生かせる知識と、その知識を使いこなす術が身につくよう仕向けることが大切です。


「ギブ&ギブ」を実践するには、まず自分が家族に何を「与えられる」のかを知る必要があります。実は、それを真剣に考えることが、今の社会を生き抜くカギになるのです。


返せぬほどの恩を受けると、そこには力の上下関係が生じます。求めるより与える。惜しみなく与える恩は、家族の中でも力関係として働きます。夫や親としての威厳を保つなら、それが一番の方策です。ただ、与えるといっても、妻や子供が欲しがるものを、何でも買ってやるということではありません。お金や物とは限りませんし、必要としているものでなければ無意味です。


雑談力をつけるには本を読むことが近道だ。その場合のジャンルは2つある。ひとつ目は、学術書の内容をわかりやすい言葉で言い換えた教養本だ。特に経済学、歴史に関する本を読む。そうすれば、イスラーム教徒を相手に豚肉や酒の話をするというような初歩的なミスは犯さない。2つ目は小説とノンフィクションの文学作品だ。ノンフィクションでは、自伝、評伝、当事者手記がいい。一人一人の人生には、時間的・地理的・能力的に限界がある。だから、小説やノンフィクションで様々な人生を代理経験するのである。


「雑談する力」と教養の間には正の相関関係がある。従って、教養のある人間になることを目指せば、おのずから「雑談する力」が身につく。


「雑談が苦手だ」という人が増えている。仕事以外の共通の話題に関する教養が浅いからだ。


雑談ができるようになるためには、共通の話題と、相手の文化に対する理解が必要だ。マナーの本を読むと「社交の席で政治や宗教の話はしないほうがいい」と書かれているが、これはおかしな話だ。政治や宗教の話をタブーにしてしまうと、実質的な内容のある話がほとんどできなくなる。こういうアドバイスは、相手の文化や常識を読み誤り、大失敗をしたひと昔前の日本人が、「それならば、面倒な話には加わらないほうがいい」と考え、思いついた、間違った教訓だ。


効率的に外国語を身につけたければ、お金を払ってスクールに通うことが最低条件。理想はマンツーマンのスクールだ。先生はたんにネイティブであるだけでなく、トップクラスの教育を受けていることが望ましい。そうなると先生にふさわしい人材が限られて、料金も跳ね上がるが、それでもかまわない。学習にかけられる時間には限りがあるのだから、足りない時間はお金で買うしかない。


綱渡りで仕事するのはリスクが高いという声もあるだろう。だが、たとえ綱渡りでも、落ちなければ問題はない。綱から落ちたときのためにスケジュールにバッファを多めに入れる人もいるが、入れすぎると緊張感が失われるリスクがある。むしろ予定を詰め込んでギリギリの状況に追い込んだほうが、いい仕事ができるはずだ。


「明日できることも今日やったほうがいい」という意識が強いと、いまやるべき緊急の仕事と、明日やっても間に合う仕事の区別が曖昧になってくる。その結果、本来なら「先送りしてもいい仕事」まで「いまやるべき仕事」に見えてきて、「目の前にこんなたくさんの仕事がある。どうしよう」とパニックになってしまう。大切なのは、「明日できることは今日やらない」という意識を持つことだ。その意識を持つことで仕事の緊急度を冷静に判断できるようになる。


50代に入ってから新しい人と出会っても、得られるものはほとんどない。それよりもいままで培ってきた人脈を掘り下げて人間関係を熟成させたほうがいい。いい年齢になってからも人脈開拓に夢中になっている人もいるが、それはこれまでろくな人脈を築いてこなかったことの裏返し。


インプットの時間は一日4時間以上、意識的につくっている。


原稿を書くのに適しているのは、夜より朝だ。夜はどうも感情的になりやすく、原稿が荒れてしまう。あえて攻撃的なものを書きたいときは別だが、基本的には朝書いたほうが質のいいものができる。


ムダをあぶり出すには、行動を書き出して可視化することが大切だ。無意識のうちにやっているムダは、頭の中で考えるだけではムダと認識できない。一日の行動を具体的に書くことで、改善の余地があるかどうかを客観視できるようになるだろう。


仕事が立て込んでくると、終わった仕事のことは忘れて早く次に進みたいと考える人がほとんどだろう。しかし、それではいつまで経っても時間の使い方が上達しない。忙しくても必ず一日を振り返り、どこかにムダはなかったかとチェックしてこそ時間の使い方がうまくなっていく。


私が使っているのは、博文館新社の2年手帳だ。1年手帳は翌年の3月くらいまでしか予定を書く欄がないため、年の後半に入ると1年先の予定を書き込めなくなる。一方、2年手帳を1年交代で使えば、年末になっても翌年末の予定を書き込める。


毎日の行動をノートに書き込むことはムダにならない。一日の行動を振り返ることで、不要な仕事の存在や非効率な時間の使い方を把握できるという効果があるからだ。


夢や目標は、基本的に自分の頭の中に刻み込まれているはずだ。書かなければ達成できない夢や目標は、おそらくどこかに無理やウソがある。設定から見直したほうがいいのではないだろうか。


手帳は頭で覚えていられないものを補完的に記録するためのツールであり、頭の中に明確に存在しているものをあえて手帳に書く意味はない。


デジタルツールは物理的な限界がなく情報を貯め込めるが、後で使わない情報をとっておいても意味はない。自分が消化できる情報容量を考えたうえで、入れる情報の取捨選択をしよう。


予定はデジタルで管理したほうが効率的だという人もいる。私もそう考えて試した時期があったが、かえって時間がかかって効率が落ちてしまった。チームでスケジュールを共有しなければいけない立場の人はデジタルが便利かもしれない。しかし、私のように個人で完結して仕事をしていると、予定の共有は必要ない。


直近だけでなく2~3カ月先まで予定を書き込んでおけば、先を見据えた管理ができる。


締め切りやアポの予定、電話の内容を書き留めたメモや、次の単行本の構想まで、すべて一冊のノートに記録しています。自分が何をしたか、これから何をしなくてはいけないかは、ノートを見ればすぐにわかります。


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