佐々木宏の名言 一覧

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佐々木宏のプロフィール

佐々木宏、ささき・ひろし。日本のクリエイティブディレクター。熊本出身。慶應義塾大学法学部卒業後、大手広告代理店の電通に入社。新聞雑誌局に6年勤務したのち、クリエーティブ局に移りコピーライター、クリエイティブディレクター、クリエイティブ局長などを務める。20年にわたり数多くのヒット広告を生み出したのち、独立しシンガタを設立。ACC全日本CMフェスティバル グランプリ(3回)、TCC(東京コピーライターズクラブ)最高賞(6回)、ADC(東京アートディレクターズクラブ)最高賞(3回)、カンヌ国際広告フェスティバル金賞、広告電通賞、朝日広告賞、日経広告賞、毎日広告デザイン賞最高賞、フジサンケイ広告賞グランプリ、クリエーター・オブ・ザ・イヤー賞(2回)など多くの賞を獲得。「そうだ、京都、行こう。(JR東海)」「第一志望は、ゆずれない(駿台予備校)」「ダメ。ゼッタイ。(財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター)」、そのほか多くの名キャッチコピーやCMキャンペーンを手掛けた。

クリエイティブに力があれば広告で人は動く。


かっこいい広告をつくり、それによってちょっとでも世の中がよくなればいい。


管理職として偉くなるより、現場に一生立ち続けたい。
【覚書き|電通を辞めて独立した理由について語った言葉】


むしろトラブルや制限があった方が、それだけよい広告が生まれると考えられるようになった。
【覚書き|JR東海の京都キャンペーンの広告を担当したとき、広告主から何度も駄目だしされ、その後「そうだ、京都、行こう。」の名キャッチコピーが生まれたことについて語った言葉】


広告をつくることも大事だが、それに賛同する人が多く集まることはもっと大事。


仕事をしていて大切にしていることは……「ダメだと言われてからが仕事、というときもある」ということかな。


私なんてテレビ局に入りたかったほどなのだから、いま、こうしてCMでやりたい仕事に関わらせてもらっているのがありがたいですし。やりたい仕事をやらせてもらえるということは、いくら大変であってもやれないよりはずっといいわけですから、「三日連続の徹夜で大変だ」なんて言っている場合じゃないんです。スタッフからそう愚痴を言われたときの私は、「世の中、一週間も寝ないでトンネルで工事している人もいるんだぞ!」と、そんな人たちのことをまるで知らないのに怒りだすというヘンな親父になっていますね。


いま、話題になっているテレビ番組については、たいていは録画して観ています。流行っている番組の合間にどういう風にCMが入っているのかが制作の参考になるし、それにやはりテレビはおもしろいですから。テレビがつまらないというのは、現役でテレビをたくさんは見ていない人の言葉なんじゃないのかな。


私自身としては「応援団長のようなもの」と捉えています。クリエイティブディレクターは、クライアントと広告制作現場をつなぐことも仕事だし、広告とお客さんをつなぐことも仕事だし、今回はたくさん仕事をしたなと思えるものもそうでないものもあります。仕事の負荷については、ひとつずつの状況によってまるでちがうのですね。


仕事の分岐点になったのはトヨタの広告でした。31歳のときから携わったのですが、クルマのコピーというのは、「もう誰も超えられない」「このクルマが新時代を作る」みたいな言葉のインフレに陥り、最上級の褒め言葉の操作に過ぎない状況に達していたかのように見えていたんです。1991年の「いいクルマってなんだろう。」というコピーは、そこでクルマを別の視点から眺めてみませんか、と提案したものでした。うまいコピーがいいコピーなのではなく、新しい視点を提供するものこそがいいコピーであると腑に落ちた仕事でした。


作品と言うよりは「機能する仕事」を心がけています。


「歴史上の人物も、たいへんな苦難を越えてきたのだから」「悪いことが起きた後には、いいことが起きるだろう」耐えられそうにないから、勝手に自前のルールを作っていたのですけど、これがどうも今の広告の世界で生きていくために都合がいいみたいですね。この世界には条件や制約が多いし、企画が頓挫することもよくあって、不満の温床と言えるような職種ですので。


JR東海の京都キャンペーンの「そうだ京都、行こう。」で、一所懸命に考えて出した案が否定された後に、クライアントから「京都だから絵葉書でいい」と言われたんですね。「え、どういうことだろう?」とは思いましたが、重要なのはここで相手のセリフをどう受けとめるかでしょう。相手の発言にも一理あるかもしれない、と考えてみて、それならタレントも出さずに、旅人の視線で世界一の絵葉書を作ってみたらどうだろうか。京都が日本にあるという意味を考え、世界に対して日本を広告するようなCMにしたらどうだろうか。京都キャンペーンはそんなふうにできたわけで、やはり、否定も仕事の起爆剤にはなってくれるのです。


『コピー年鑑』を覚えるほど読みまくるなんていう猛勉強は効きました。いつも僕に対して批判的だった先輩からも仕事をもらえるようになりましたし、それに、キャッチフレーズのあとに説明を加えるポディコピーがヘタだと言われても、「ほかの人にキャッチは褒められたのだから、ボディコピーそのものをなくしてみよう」「そもそも、見る人だってキャッチしか見ていないだろう」なんて、自分の長所で勝負できるようになっていったんです。
【覚書き|コピー年鑑とは東京コピーライターズクラブが毎年発行している優れた広告コピーを集めた本】


28歳でクリエイティブ部門に移ることになり、仕事の準備として、宣伝会議という会社がやっているコピーライター講座に出かけたら……ぜんぜん書けないんです。電通社員としてのプライドだけは高いのに、同じ講座に通ってきている大学生やフリーターの書く文章に負けてしまっていました。年は取っているわ、書けないわで、まあ屈辱でしたね。同じ時期に異動してきた同僚が賞を取っているのに、私は箸にも棒にもかからない。「もしかしたら、年下にも馬鹿にされている?」なんてもんもんとしていた時に「コピーのことだけを考える一年を過ごしてみたら?」と助言をくれた先輩がいたんです。どうも、それまではいろいろと複雑に考えすぎて空回りしていたようだったので、私は先輩を信じて猛勉強をはじめることにしました。どんなに単純な仕事でも徹夜で考え、翌朝、上司に案を山のように提出することにしたんです。


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