伊藤雅俊(イトーヨーカ堂)の名言 一覧

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伊藤雅俊(イトーヨーカ堂)のプロフィール

伊藤雅俊、いとう・まさとし。イトーヨーカ堂創業者。横浜市立商業専門学校(のちの横浜市立大学)卒業後、三菱鉱業(のちの三菱マテリアル)に入社、戦争中だったため入社すぐに陸軍特別甲種幹部学校に入校するも敗戦で復社する。その後、叔父が設立した羊華洋品店を兄とともに法人化し、兄の死去時に社長に就任。経営を引き継ぎヨーカ堂と社名変更。

仕事は生ぬるいものではなく、きつい仕事を与えるようにすると人は成長していくものだ。


すべての仕事にコミットメントが必要だ。そこには使命感がなければならない。


もっとやさしく、誰にでも分かる言葉にしたほうがいいね。
【覚え書き|部下への言葉】


私は商人だから誰にでも頭を下げるんだ。
【覚え書き|なぜいつも腰が低いのかと問われて】


お客様は来てくださらないもの。お客様は来るものと思い込んでいてはいけない。


君は楽天(トラベル)をうらやましく思うかもしれないけれど、大衆を扱うビジネスは最後は資本力対資本力の戦いになる。効率がいいようで実際は大変だよ。
【覚書き|「一休」創業者の森正文氏に贈った言葉】


サラリーマンには2つのタイプがある。はっきりモノを言うズケズケマンと、上司の言うことは何でもよく聞くイエスマンだ。イエスマンは我が身大事の勤め人で、決して稼ぎ人、核になる人ではない。リーダーシップを発揮して、仕事を積極的にする人はどうしてもズケズケマンになる。会社の核になる人材は、やはりズケズケマンだ。


闇でボロ儲けをした人を何人も知っています。しかし、あるとき気が付くと、そういう人に限って、ほとんどが消えてなくなっていたものです。泡銭は身につかないといいますが、お客様のことを考えない、その場限りの商売がたどる当然の報いだと思います。


私は昔、お客様を一瞥しただけで何を欲しがっているかがわかったんです。締めているネクタイの柄でどんなモノを買いそうか予想がついた。モノが売れないとか言ってるけど、それは本当の意味でお客様のことを見ていないからではないでしょうか。


私が小学生くらいの頃でしょうか、おやじが道楽ばかりするので、よく夫婦喧嘩をしていました。母親は喧嘩して涙を流していても、お客様の前に出ると一転して笑顔になりました。もしお客様に泣き顔なんか見せると、あの店は暗いといって次から買いに来てくれない。商売とはそういうものだというのを教わりました。


日本も豊かな時代を経て、黙っていてもお客様は来てくれるもの、商品は入れてくれるもの、銀行は貸してくれるもの、という感覚に慣れきってしまい、商いの本質を忘れてしまったような気がします。小売業でも、単品管理だとかCS(顧客満足)といったもっともらしい言葉は氾濫しているけれど、根本の問題がわからずに技術に走ってしまって駄目になっている。


イトーヨーカ堂が上場したとき、私は幹事証券会社の担当者に「あまり高い株価をつけてくれるな」と頼みました。「上場する企業の社長から株価を下げてくれと言われたのは初めて」とあきれられましたが、使い道のない金を持っていてもしょうがないでしょう。


最近は間接金融より直接金融だとかいって、簡単に上場する企業もあるようですが、資本市場から調達した金もタダでもらった金じゃない。支払うべき税金や配当などを考えると、それ以上の利益を上げ続けなきゃいけないということです。むしろ銀行から借りた方が安くつくこともある。


政府みたいに借金の埋め合わせに好きなだけ国債を刷ったらやっていけるような企業などありません。頼りになるのは現金しかないということが骨身にしみていましたから、バブルのときも一切投資話などには乗りませんでした。


借りた金は返すもの、取引先への支払いはきちんとするもの、社員の給料は毎月払うものと考えたら、経営とはそんな生やさしいものではないことがわかります。


私は母から「ないない尽くしのプレゼント」を贈られたと思っています。お客様は来てくれないもの、取引先は商品を卸してくれないもの、銀行は貸してくれないものだと思えという教えです。


私が商人としての心構えを学んだのは、小さな洋品店を切り盛りしていた母親からでした。はっきりとした話とか文章で伝授されたものではなく、あくまで日常の会話の中とか、その背中を見ながら自然に学びとったものです。


一人の人間で、そんなに能力出ませんよ。
【覚書き|社長を退いて、鈴木敏文氏に経営をバトンタッチした時の言葉】


お客様は来てくださらないもの。お取引先は売ってくださらないもの。銀行は貸してくださらないもの。というのが商売の基本である。だからこそ、一番大切なのは信用であり、信用の担保はお金や物ではなく人間としての誠実さ、真面目さ、そして何より真摯さである。


日本は官僚主導の統制・規制が好きな社会で、自由競争社会でも市場経済でもない。


どれほど一生懸命に作られたものであっても、売れない物は売れないというのが商売の世界です。商いというのは自分たちが作ったもの、提供したものに対して、お客様が価値を認めてくれて初めて成り立つ。お客様が認めてくれなければパッとダメになってしまう。それが原点です。


いま野菜の価格がものすごく高いですね。不順な天候の中、苦労して作ったものですからこれくらいの価値は当たり前だと農業に携わる方は言いますが、あまりに高価なレタスは見向きもされず売れ残ってしまいます。余ったレタスはもう捨てるしかないわけです。そう考えますと、お客様が判断する商品の価値は、商品を作った側の苦労とは関係がないんです。それが商人の世界です。


いつの間にか気づいたら、やっていたりすることがある。ポケットに手をつっこんで売り場を歩くことなど、頭を下げて商品を買ってもらっていた時代を完全に忘れてしまって、お客様の目線がわからなくなっている証拠でしょう。それから、腕組みをして商談するというものをよく見かける光景なのですが、こちらも頭を下げて商品を集めていた時代からすると、取引先が売りに来てくれるようになって、姿勢が高くなってしまったということです。そのどちらも商人の道にあるまじき姿勢だと思います。そして、その何気ない姿勢や態度にこそ、商売がつぶれていく火種があると思うのです。


いまの日本経済は明らかに肥満体質になってしまって、動きが取れない。どこを見ても過剰設定になってしまったわけです。そう考えれば、給料が三割減になるか、人数が三割減になるか、銀行や証券会社が三割減になるか、それくらいでバランスが取れるのではないでしょうか。


不況だ不況だと言っても、昭和二年の不況からすればまだまだ経済に余力はありますし、終戦のときのことを思えば、いまの生活がどれだけ豊かになったかがわかるでしょう。むしろ豊かになりすぎてしまい、その豊かな生活からモノの価値を考えるようになってしまった点にも問題があるんです。


世の中の経済というのは、作りさえすれば売れるものではないのです。あくまでも需要と供給のバランスでモノの価値は決まるのです。好況が永遠に続くはずはないわけで、好況の時から不況の時の用意をしておかなければいけないのではないか。糖尿病になってから改善するよりも、なる前に体質を整えるべきであって、それができないのが人間なんです。


最初から出来上がったものを持つのではなくて、いつも改善し直していきながら、ひとつのものをつくり上げていく。そういう気持ちを捨てなかった。【覚書き|イトーヨーカ堂創業時を振り返っての言葉】


経営者ならば、給料は常に払えるものというのではなく、給料を払えないこともあると考えなければいけない。従業員も、給料をもらえるのが当たり前などと思い込んではいけない。これからもっと厳しい時代を迎え、当たり前の給料が払えない会社も出てくると思いますよ。努力したら成功するとも限らない。耳が痛いでしょうが、商売とか経営はそうした視点で学ばなければならないものなのです。


商売や経営について学ぶのは、歴史に教訓を求める気持ちを持ちつつ、本当に、実際に自分でやってみて経験しながら会得するしかありません。


私はたくさんのことを松下(幸之助)さんから学びました。ですから松下さんの著作を読み解きながら本質を学ぶことはとても大事なことだと思います。しかし、それだけではなく、常に自分が目の前にしている現実の商売や経営に立ち返って考えることが大切です。


因果を学ぶために経済史は大事なものです。ありのままを見るということが大切ですね。歴史というのは、ともすればきれいごとの理屈で見てしまいますから。


いま商売をなさっている皆さんの多くは、お客様が来るものだと思い込んでいます。けれども、お客様は本来、来てくださらないものなのです。


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