伊藤保次郎の名言 一覧

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伊藤保次郎のプロフィール

伊藤保次郎、いとう・やすじろう。日本の経営者。三菱鉱業(のちの三菱マテリアル)社長。山形県出身。東京帝国大学法学部経済学科卒業後、三菱合資に入社。その後、三菱鉱業に移り、労務部副部長、調査海外部長を務めたのち、日本アルミニウム専務・社長。第二次世界大戦後は日本精鉱社長を経て、三菱鉱業に戻り社長を務める。そのほか東北開発総裁、鉱山経営者連盟専務理事なども務めた経営者。

「不況突破はどうしてもやらなければならないが、手荒いことをする考えはない。といって、ここに何らかの手を打たねば、みんな自滅のほかはない。それには離職の犠牲も出ると思うが、それらの人たちは待遇その他の点でできるだけ善処したい」何の粉飾もなく、私は思うままを訴えた。
【覚書き|戦後、朝鮮動乱後の不況のときに古巣の三菱鉱業に戻り社長に就任したときを振り返っての発言】


手前ミソかもしれないが釣りというもののなかには、静寂を楽しむ無我の境地と、大衆とともに歓を分かち合うという両面があると思う。つまり、無念無想の境地に入れるという意味ではまさしく自然の座禅であり、一方、大勢の人と親しくにぎやかに行楽を共にできるという点でも、それは大変な魅力である。


これからの私は、できるだけ若い人たちのためにお役にたちたいと願っている。それには、なによりも結婚の世話と就職の協力だと思っているが、結婚の世話はすでにこれまで30組ぐらいにのぼっている。


戦後しばらく三菱鉱業から離れていたので、その後の石炭事情にも、社内事情にも通じていなかったから、まずできるだけ従業員諸君に接して、不況対策についての心境を率直にぶちまけることにした。
【覚書き|戦後、朝鮮動乱後の不況のときに古巣の三菱鉱業に戻り社長に就任したときを振り返っての発言】


尾去沢の事故処理は、私にとって大きな試練であった。宇宙の威力というものが、人間生活の転変と建設という事業の上にいかに大きく覆いかぶさっているということを私は身をもって感じた。


労使間の協調を基本にする以外に道はない。現状を甘く見たら、取り返しのつかない不幸を招くこと必定だ。【覚書き:三菱鉱業社長だったころを振り返っての発言。当時、エネルギー産業革命が起きており、石炭産業が大打撃を受けていた。氏はその石炭産業の立て直しを行っていた】


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