伊藤一郎(経営者)の名言 一覧

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伊藤一郎(経営者)のプロフィール

伊藤一郎、いとう・いちろう。日本の経営者。「旭化成」会長。東京出身。東京大学経済学部卒業後、旭化成工業(のちの旭化成)に入社。カシミロン事業部長、経営計画管理部長、取締役、常務取締役、専務執行役員、副社長執行役員などを経て会長に就任。

旭化成には多角化の歴史とともに挑戦するDNAみたいなものがあって、それが当社の最大の特徴です。


日本は少子高齢化をはじめとした課題先進国。当社ではヘルスケアと住宅事業の融合などで新しい国内需要を掘り起こしていく。


競争力のある事業を伸ばしていく一方で、新しい社会価値をつくっていくことが必要。


個人も企業もめざすべき道しるべを考えないといけない。


どんな立場でも常に挑戦するのが旭化成魂。そういう部分を後世にも引き継いでいかないといけない。


まずは自分がしっかりしていなければいけませんが、辛抱して努力を続けていると、周りの人が助けてくれることがある。


想定外とか想定以上のことが起きたときに、それをどうマネージするかという危機管理能力みたいなものが本当のリスクマネージメント。


想像力がない人がリーダーになると、目先の起きたことだけに絆創膏を貼るようなことしかしなくなってしまう。


めの裏付けになる財政基盤がなかったら、それは戯れ言でしかない いくら理想の高いことを言っても、それを達成するための裏付けになる財政基盤がなかったら、それは戯れ言でしかない。


人間というのは、どん底に落ちるとそこから這い上がる。


常に先へ先へと進んでいく必要がある。


経営体制の変更は、過去の否定ではない。


トップは「自分がいないと会社がもたない」と考え、長くとどまりがちだが、「死ぬ時が定年」だと、次の体制の準備ができず、現場は混乱する。


代表権と執行権を持たない会長は中立的な立場。社長の暴走を防ぐための監督役と言える。


中興の祖である宮崎輝元会長のように、カリスマ性やリーダーシップがあるトップが常に社内にいるかというと、そうではない。カリスマに依拠した体制のままではどこかで潰れてしまう。


日本の競争力は、これまで同様、知恵と粘り強さによるモノづくりだと思います。そのためには、常に技術力を磨いて一歩先を行かないと、グローバルな競争には勝てません。モノづくりの拠点として、国内に残せるものは残さないといけません。


東日本大震災で明らかになったのは、今まで積み残しになっていたり、本来はもっと早く手を付けなければいけなかった問題が、より鮮明になったということ。


新興国で商売をしていくときには、高品質なものだけが売れるかというと、必ずしもそうではないケースもあることです。その国の実態に合った商品を作っていくことが重要。


高分子ろ過膜プラノバの認知度を高めるため、多くの学会やシンポジウムでウイルス除去の成果を発表。欧米の規制当局への説明にも駆け回りました。ウイルスはろ過できないという製薬業界の常識を覆してプラノバの認知度を高めるのに、5年の歳月が必要でした。


高分子ろ過膜プラノバは初期の研究から10年がかりでしたが、粘り強い開発と、時代の要請が事業を成功に導いたのだと信じています。


繊維企画管理部の課長代理になったころ、石油危機で業績が急落。全社的に資金不足に陥りました。ボーナスも合成繊維の毛布など現物支給。銀行の貸し渋りが強まるなか、資金の効率化運動を任されることになりました。独学で財務知識を身に着け、このままでは黒字倒産もあり得ることに気づきました。「在庫は罪の子」と社内に説き、赤字を気にせずに過剰在庫を売り切ることを指示しました。資金回収期間の短い輸出品を増やしたり、現金割引も奨励したりしました。この結果、1年間で繊維部門の運転資金を100億円圧縮することに成功しました。後に財務担当になる私にとって、原点になる経験でした。


社内でのリスク管理運営も、特に新しい事業なんかをつくり出そうとするときに大事なことは想像力だと思います。事業開発で創り出すほうの創造力、つまりクリエイトの創造力と、もう一つイメージするほうの想像力の二つ共に経営にとって大事ですが、リスク管理ではこの想像力が重要。


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