仲代達矢の名言 一覧

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仲代達矢のプロフィール

仲代達矢、なかだい・たつや。日本の俳優。東京出身。高校卒業後、俳優座演劇研究所に入所。『火の鳥』で映画デビュー。以降、舞台・映画で活躍。俳優養成所「無名塾」を設立。主な受賞にブルーリボン賞主演男優賞、キネマ旬報賞男優賞、毎日映画コンクール主演男優賞、紀伊國屋演劇賞個人賞、芸術選奨文部大臣賞、文化庁芸術祭大賞ほか。

昔、僕が演技賞か何かをもらうと先輩に「賞を取った後が大変だぞ」と言われたんです。一つでも当たり役を取るとそれに引っ張られますから。


成功するといい気になっちゃうんですよ、人間って(笑)。周りがちやほやし出しますから。すると芸の習得や訓練がおろそかになっていく。


失敗作こそ次の勉強になる。


僕は19歳から役者をやっていますが、今でも過去は切り捨てています。今日の一日をどれだけ頑張れるか。


我々は成功を望んで一生懸命やっている。だから成功した時こそ、過去をぱっと切り捨てて別の角度から出発することが大切。


「おまえら並のままでいいのか」。僕はよく若手をこう挑発するんです。人間の一生は長くない。この瞬間にやりたいことをやっているかと。


エンターテインメントには娯楽性も大切です。しかし、作品を通じて命や生きることを真剣に問う姿勢も忘れてはなりません。


効率化の時代だからこそ、それを超えるものを作らなくちゃいけない。それが、80を過ぎた老いぼれ役者の役目でもある。そう思っているんです。


疲れを感じたなら、ちょっと休んでみればいい。迷ってみてもいい。「何かを成し遂げたい」という気持ちさえ持ち続けていれば、それは決して無駄にならないと思います。


20代の終わりまでは、それこそ寝る間もないくらい仕事をしました。そのせいか、30代に入って一息つくと、なんとも言いようのない疲れを感じました。それまでは夢中でやっていたのが、ふと気がつくと自分の進むべき方向が見えない。役者として行き詰まったという感覚がありました。そんなこともあってか、30代前半のおよそ2年間、仕事はほどほどにして、ゴルフに興じていた時期があります。ほぼ毎日、ゴルフバッグを担いでゴルフ場に出掛けていきました。いま思い返せば、30代に息抜きをしたおかげで、40代、50代は、役者として一番面白い時代を過ごすことができました。ですから、結果として、あの時期に休むことも必要だったのでしょう。


戦後、芸能の世界では強い個性が輝いた時代がありましたね。三味線弾きから勝新太郎が現れ、歌舞伎界から萬屋錦之介が来た。自分も含めてみんな譲らないんですよ。「こうやる」と決めたら、三國連太郎なんかは監督の言うことすら聞いちゃいない。監督もわがままでしたしね。溝口健二なんていう人は衣装合わせに半年かけて、黒澤明はワンカットの撮影に10日もかける。こうやって作り込んだ作品だから、上映するとお客さんが並んだんでしょう。


教育って、とても素晴らしいですね。難しいから今もやっていられるのかもしれませんね。植木鉢にタネを入れて芽が出てくるのを待つようなものです。3年間教えたけれどなかなか成長しない。ところがある瞬間にぱっと芽が出ると、すごくうれしいんです。


無名塾では早起きと同時に、まず人に対する思いやりを教えます。ほとんど芝居は誰かと絡みますよね。相手が何を思っているかを観察しなくてはならない。けれど人に対する気遣いを、親も学校も全く教えていないんです。だから人間修業から始めることになる。役者になるための人間修業、とでも言いましょうか。


無名塾を立ち上げた当時は仲間にも反対されましたよ。「そいつが仲代よりうまくなって、うんとギャラを取るようになったらどうするんだ」って。「いいじゃない、それで」と言ったんですけど(笑)。


もし僕が死んで、無名塾の名前だけ残って形骸化するなら、そんなものはなくてもいい。無名塾の精神や哲学を受け継いだとしても、若い人にそんな重荷を背負わせるのかとも思いますので。


役者に引退はありません。なぜ引退がないかというと、その年なりの役があるからです。だからみんな長生きしようと思うけれど、大体、引退しようと思っている手前で亡くなってしまうんです。


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