五木寛之の名言 一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加

五木寛之のプロフィール

五木寛之、いつき・ひろゆき。日本の小説家、エッセイスト、放送作家。福岡県出身。早稲田大学第一文学部露文学科に入学するも学費未納で抹籍される。その後、小説家、放送作家、作詞家などで活動する。主な受賞歴に『さらばモスクワ愚連隊』小説現代新人賞、『蒼ざめた馬を見よ』直木賞、『青春の門・筑豊編』吉川英治文学賞、菊池寛賞、『TARIKI』ブック・オブ・ザ・イヤースピリチュアル部門、仏教伝道文化賞、NHK放送文化賞、『親鸞』毎日出版文化賞特別賞など。ベストセラー「かもめのジョナサン」の翻訳なども行った。

いつまでも若い気になって、世界に覇を唱える必要はない。これからの日本は少子化と豊かな精神の大国への道を歩いていけばいい。


思想、アイデア、学問、文化。これからの日本はそうしたもので世界をリードしていけばいい。人口は少なくてもいい。経済大国になる必要もないと私は思っています。


仏教で「慈悲」といいますが、「慈」とはプラス思考の励ましの言葉です。戦後の日本では「頑張れ」という励ましの言葉ばかりが持てはやされ、「悲」というものが捨て置かれてきました。悲しんだり、嘆いたり、泣いたりするのは全部マイナス思考であって、ネガティブなマイナス思考は免疫力を下げ、自然治癒力も落ちるような言い方をされてきました。私はそんなものは迷信だと思います。テレビの瞬間芸を見て鼻先でフフッと笑ったぐらいでは治癒効果などありません。滂沱と涙を流して泣いたことのある人だけが腹の底から笑うことができる。ひとは「慈」と「悲」を両方持って走らなければいけない。


しっかりと悲しみを確認しない限り人は悲しみを引きずって生きなければならない。悲しみを声に出さないで無理をして明るい笑顔をつくろうとするから本当の鬱になるのです。見も世もあらぬと身をよじって泣きじゃくるということを大事にしなければいけない。


「憂」「愁」「悲」を大事にすることが鬱の時代の人間的な生き方だと思います。大変な勢いで成長して山を駆け上がっているときはそんなことを考える暇はない。これからはその時間があります。民族としての成熟とはそういうことであり、いま、我々は成熟するチャンスにさしかかっているのです。


本居宣長は人は生きている限り悲しい目にあうと言っています。悲しいときにどうするか。悲しみから目をそらさずに悲しめと宣長は言います。悲しいと思え。そして悲しいと呟け。人にそれを語れ。歌にも歌え、と。そうすることによって自分の中の悲しみを引きはがして客体化することができるし、それを乗り越えられる。


憂えるのは大事なことで、心の中に何とも言えない憂いが湧きあがる。これがなければ社会は進みません。いまの若い人たちは自分探しなどと言っていますが、他に向けて憂えたり、自分について憂える熱い気持ちが欠けていると思います。


日本には世界に誇るべき思想がふたつあります。ひとつはSyncretism(シンクレティズム)、神仏混淆という考え方です。仏壇と神棚が同居していても争いにならない。一神教同士の原理主義的な宗教対立が先鋭化して世界の発展を阻害している時代だからこそ、共存思想が輝きを放つのです。もうひとつが、Animism(アニミズム)、山にも川にも、一木一草にも精霊や神が宿るという考え方です。今日の環境問題の根底には西欧的な人間中心主義があります。人間も地球の一員という発想は、アニミズムの根からしか生まれてきません。


『林住期』や『遊行の門』で、私は50歳までは家族のため、社会のために働いて、社会人として勤めを終えた50歳以降は世のために働くことが人生の後半期の楽しみになると提案しました。日本という国もこれからは富まずともアジアのため、世界のために役立つような生き方をするべきではないかと思うのです。


メタボリック症候群という言葉がすっかり流行語になりましたが、あんなものに踊らされるのが一番いけない。日本は世界で最もメタボ基準が暴走した国です。本当に長生きで健康なのはちょっと小太りな人だとよく言われる。ウエスト幅の健康基準などというものを国家が決めるのはファシズムです。


戦後民主主義の中で育った世代は国家権力の怖さを知らない。戦後、私たちの世代の大きな記憶は預金封鎖です。個人の預貯金が凍結され、家族の数に応じて決められた額しか月々下ろせなかったのです。預金封鎖なんて実感がわかないかもしれませんが、天災と一緒でいつやってくるかわかりません。


人名ランダムピックアップ


経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

ページの先頭へ