五島慶太の名言 一覧

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五島慶太のプロフィール

五島慶太、ごとう・けいた。日本の経営者、官僚。東京急行電鉄(東急)の事実上の創業者。長野県出身。東京高等師範学校、東京帝国大学法学部を卒業後、農商務省と鉄道院で約9年間官僚として活動。その後退官し、武蔵電気鉄道専務、目黒蒲田電鉄専務、東京高速鉄道常務などを経たのち、東京横浜電鉄と目黒蒲田電鉄の社長となって実質的な経営権を獲得し、2社を合併し東京急行電鉄を発足させた。強引な事業手法から「強盗慶太」と呼ばれた。鉄道事業で優れた経営を行い同社を急成長させた。そのほか、運輸通信大臣、学校法人五島育英会理事長などを務めた。

事業場から墓地に直行したくないとは考えているが、事業こそ私の生命であるとも思っている。


一週間に一回、嘉納治五郎先生から倫理の講義を聞いたが、先生は柔道の格好で太い腕節を出して「なあに」という精神が一番必要だ、どんなことにぶつかっても「なあに、このくらいのこと」というように終始考えろということを言われた。先生の「なあに」精神はいまでもはっきり頭に残っている。
【覚書き|東京高等師範学校(のちの東京教育大学、筑波大学)時代を振り返っての発言。嘉納治五郎は柔道の創始者で同校の校長も勤めていた】


私はとにかく、「強盗慶太」の異名を頂戴するくらいであったから、事業のための私であり、事業あってこその生涯だった。


昭和初頭の財界不況に遭遇し、私はしばしば自殺を考えるに至るほどの苦しさを経験した。ときには社員の給与にも困難し、十万円の借金をするのに保険会社に軒並み頭を下げて回り、皆断られて小雨の降る日比谷公園をションボリ歩いたこともあった。松の枝がみな首吊り用に見えて仕方がなかった。しかし、いまにして思えば、すべて信念と忍耐力の問題であった。


三昧ということが必要である。女でも、碁、将棋、スポーツなんでもよい。三昧になる、すなわち「空」になるということが必要である。


私など、もう年をとって最近は肉体的にもすっかり衰えてしまったので、惚れられてもはじまらないが、しかし若い女と馬鹿話をしていると、仕事の話や世間の苦労からまぬかれて頭の中が「空」になってくる。そうすると夜熟睡できるので、また明日への活力が出てくるのである。これが私の健康法である。


最近よく人から、あなたにも昔はご婦人とのロマンスぐらいはあったでしょう、と聞かれるのだが、正真正銘私にはロマンスなどというものはない。もし私にロマンスがあったとしたら、女に惚れていたとしたら、今日の私はあり得なかったろうと思う。事業に対する野心がロマンスを征服してしまったというか、惚れたのはれたのということを考える余裕もなかったのである。


ときにはやむを得ず、株買い占めという強硬手段をとらざるを得ないこともあったが、これは世間でいうように単に私の征服欲、事業欲のためのみでなく、東横電鉄(のちの東急電鉄)の社員を愛し、その老後の生活まで考え、あわせて会社の総経費を分割して、経費を下げるということからやったことである。
【覚書き|100社を超える会社を買収し、強盗慶太とあだ名をつけられたことについて語った言葉】


私は沿線の人たちに「良品を廉価に」提供する目的で東横百貨店を渋谷に作った。


6か月間の獄中生活の苦悩は、おそらく経験者でなければその心境を推察することは不可能であろう。私はこのときが人間として最低生活であった。だが、こういうときにこそ人間の日ごろの訓練とか修養とかがハッキリ出てくるものである。胆力もあり、肚も座った人間でなかったら、あるいは悶死するようになるかもしれない。その点で私は宗教的信念を持っていた。抜くべからざる自信である。それがものをいってくると、私はむしろ健康もよくなり、太ったくらいである。
【覚書き|東京市長選挙で選挙資金を贈った容疑で拘留されたときを振り返っての発言。6か月後無罪となり釈放された】


若いころから自分の心にかなった事業を興してこれを育て上げ、年老いてその成果を楽しむことのできる実業界に比較すれば、いかにもつまらないものだ。これが十年近い官吏生活を経験した私の結論であった。


金儲けは易しいが、経営とは違う。世のためになって利益を上げるのが経営。だから経営は難しい。


事業とは、最後は浮沈をかけた勝負である。
【覚書き:父、五島慶太の生き様から学んだ経営哲学について語った言葉】


俺はその日のことはその日で忘れる主義だ。その日に決断のつかないことを、思い悩んで明日まで持ち越すようだと、明日の戦争は負けだ。一日の労苦を忘れるには、坊主とか芸者の浮世離れしたバカ話を聞き、ぐっすり寝て仕事を忘れるに限る。翌朝は頭が爽快で、また新しい構想が浮かぶのだ。


人間は知と行だけではダメである。そこには必ず誰にも負けないという信念が必要だ。それには信仰で人間の意志というものを絶えず鍛錬していく必要がある。事業で成功するにしても、利殖するにしても、不可欠なものは信念である。【覚書き|東京市長選に伴う疑獄事件で6か月間獄中生活を送った経験から得た哲学についての発言。大審院(大日本帝国憲法時の最高裁)で無罪が確定した。】


これからの事業格差というのは、資金とか収益だけでなく情報量のギャップが必ず大きな問題になってくる。明日の中小企業を考える上で、情報化は最優先のポイント。


企業は愛されるだけでは駄目だ。尊敬される怖さを持て。


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