中畑清の名言 一覧

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中畑清のプロフィール

中畑清、なかはた・きよし。日本のプロ野球選手、コーチ・監督、野球解説者。福島県出身。駒澤大学で活躍し、ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団。7年連続ゴールデングラブ賞を獲得するなど大きな実績を残し、「絶好調男」の愛称で多くのファンに愛された。引退後は野球解説者、読売ジャイアンツ打撃コーチ、アテネ五輪野球日本代表チームヘッドコーチ兼監督代行(銅メダル獲得)などを経て、横浜DeNAベイスターズ初代監督に就任。

弱いチームだったから、ダメだと思ったときも多かった。そういうとき、グズグズした思いを胸に溜めないで口に出してしまう。するとノビノビできた。


大学駅伝の名将・大八木弘明監督(駒澤大学)は大学の後輩で、たまに飲む。違うスポーツだけど、選手育成で共通する部分があった。


同じ苦労を経験すると、一体感が生まれる。簡単に「絆が大事だ」というけれど、絆は楽しいことばかりをしていても生まれない。


同じことを伝えるにも、選手によって言葉を変える。人間は十人十色。全員にそれぞれの個性があるでしょう。声のかけ方が違って当たり前。


同じ内容でも、言い方ひとつで受けとめ方が違ってくる。だったら、イヤな思いが胸に残るような言葉は使わないほうがいい。


苦しい練習、容赦ないシゴキに耐えるとそのレベルが上がる。レベルが上がると今までの練習が簡単に思えてくる。そうなればどんどん上達する。


監督は鬼にならないといけない。選手を地獄へ連れていってやる。もちろん監督も一緒に地獄へ行く。


一人の力なんてたかが知れているものです。だから何かを実現するためには、誰かの協力が不可欠です。もし実現したい夢や目標があるのなら、それをことあるごとに語っていかなければ協力者は得られません。


もちろん、調子が悪いときもありました。でも言葉の力は不思議なもので、「絶好調」と口にすると、本当にそうなっていくんです。一種の自己暗示ですね。私がまさに絶好調で30代を迎えることができたのは、そのおかげだと思っています。「絶好調」という言葉に出会っていなければ、いまの私はなかったかもしれません。


喜怒哀楽を素直に出す生き方の方が、人は楽に自分の能力を出すことができます。喜びだって涙だって、懸命に打ち込まなければ出てくるものではありません。


「内に秘めた闘志」もカッコいいですが、「男は黙って」では周りからするとちょっとわかりづらいものです。もっとシンプルにオープンに生きた方がいい。


現役時代、私は調子を尋ねられると、必ず「絶好調です!」と答えてきました。これは入団間もないころの長嶋(茂雄)監督とのやりとりがそもそもの発端です。「調子はどうだ?」と監督から尋ねられて、とっさに「まあまあです」と返事をしたのですが、それを聞いていた土井正三コーチから叱られました。「まあまあなんて言うやつを監督が起用するか?絶好調と答えろ!」と。それ以来、私はどんなときでもそう答えるようになりました。


引退して解説者の仕事に就いたときは、「背広のプレーヤー」を名乗りました。ただ解説するのではなく、選手の立場に立って気持ちを代弁したいという思いからです。プレーのひとつひとつにどんな意図や思いが込められているのか、当然ですが選手自らが語ることはできません。それを私が選手に成り代わって視聴者に伝えようと力を注ぎました。


私がなぜ自分にキャッチフレーズをつけるかというと、自分のやりたいことをわかりやすく伝えたいからです。単純だけれど、こねくり回したものではなく自然に湧き出た言葉です。だからその分、人に伝わりやすいと私は思っています。


ダメ出しなんて、誰がやっても同じで、「バカヤロー!」なんて、バカにだって言える。問題はネガティブな言葉を出し切ったあとで、選手の心をケアするために、どんな言葉をかけてやれるか。人間は感情の動物なんだから。


私もジャイアンツ時代に長嶋茂雄監督による「地獄の伊東キャンプ」を経験した。伊東キャンプは私の一生の財産だ。一緒に汗水垂らして、苦しい時間を共有してね。ヘドを吐いてついていった。


「監督」という職業にありがちな選手との距離感を詰めることを一番に考えた。堅い雰囲気を払拭したい。プロは実力主義のシビアな世界だけれど、チームは家族でもある。その柱になりたかった。


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