中川志郎の名言 一覧

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中川志郎のプロフィール

中川志郎、なかがわ・しろう。日本の飼育員、動物園経営者。上野動物園園長。茨城県生まれ。宇都宮農林専門学校獣医科(現:宇都宮大学)卒業後、上野動物園に獣医として勤務。ロンドン動物学教会研修留学後、上野動物園飼育課長、多摩動物公園園長、上野動物園園長を務めた。そのほか財団法人日本動物愛護協会理事長、日本博物館協会会長、茨城県自然博物館館長なども務めた。パンダに関する本を多数執筆している。

(パンダの観察活動に)事務員にも参加してもらいました。餌の大豆の粉ひとつ取っても、日本で一般に入手できるものは中国のものとは違います。これを探してくるのは事務職員の仕事ですが、その人が自分の仕事だと思わない限り、熱心にやってくれません。ですから「人手が足りない」を口実に、使命感の醸成と共有を狙って、パンダの観察を始めたわけです。


(日本初の上野動物園でのパンダ飼育時に)17人でチームを作りました。「トラの本間」「カバの西山」などと言われたように、動物の飼育は職人芸の世界でした。しかし、パンダの飼育には中国語の文献を読むことも必要です。病気になったときの対応や餌である笹の調達などに、多くの人の力を借りる必要があります。パンダの飼育は、結果として動物の飼育法の転換点になりました。


動物の飼育というのは理屈ではなく、経験がものをいう仕事です。しかし、パンダのように野生では笹しか食べないクマの飼育経験はありません。いままでの蓄積がぜんぜん生かせない動物がやってくることになったのです。そこで私が考えたのは、まず、安心できる状況にパンダを置くことでした。動物は心を持っていますから、いつも心から信頼できる飼育員がそばにいることが大切だと考えたのです。そしてベテラン飼育員を主任に据えました。
【覚書き|上野動物園飼育部長時代にパンダがやってきたときを振り返っての発言】


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