中島聡(ソフトウェアエンジニア)の名言 一覧

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中島聡(ソフトウェアエンジニア)のプロフィール

中島聡、なかじま・さとし。日本のソフトウェアエンジニア。早稲田大学大学院理工学研究科修了。高校時代からアスキーで記事執筆、ソフトウェア開発に携わる。大学時代、日本のCADソフトの草分け「CANDY」を開発。大学卒業後、NTTに入社し、武蔵野市の通信研究所でCPUの設計に携わる。その後、設立間もないマイクロソフト日本法人に入社。米国マイクロソフトに移り、ウィンドウズ95、Internet Explorer、ウィンドウズ98の開発に携わった。マイクロソフト退社後、UIEvolution、Big Canvasなどを設立し、数々のソフトを開発した。

いちいち上司の許可を待って仕事を進めていたらマーケットにおけるチャンスを逃がす危険性があるので、僕はワガママに見えても、許可を待たないで仕事を進めておくんです。すると、許可が出る頃にはもうほとんどできあがっているのですね。


ソフトウェアの開発って、あんまり早すぎても遅すぎてもダメなんですよ。お客さんにとってのニーズに沿うことが一番大事で、ここだというタイミングで時代に合ったソフトを出さなければならない。


あんまり完璧なものを求めすぎてしまうと、いつまでも頭のいい会議をするだけみたいになって、ずっと発表できないままですから、時と場合に応じた「妥協」が必要なんです。その調整や取捨選択は、エンジニアとしての腕の見せどころなんですね。


仕事の進め方としては、バグはとても恥ずかしいことなので、大きなプログラムを組むときほど、テストを細かく刻みながら、コツコツやることにしています。そうすれば、「今日やったところまでは動く」となるので、大失敗ですべてやり直し、とはなりませんから。


普段の生活は、割と規則正しい方だと思います。食べるのは7時、12時、18時と決めていて、運動は週2回やっていますね。それから、ときには何もかも捨てて、睡眠時間も削ってプログラムに没頭するというのも自分にとっては最高の時間です。まあ、基本的には、パソコンの前にいてもいなくても、だいたいいつも頭の中でソフトウェアのことを考えているので、妻と映画を観ていても上の空だったりするんですけどね。食事をしていても人の話を聞いていないときもあるし、運転していても赤信号で進もうとするし、日常生活での僕は結構悲惨なんですけど。


小さくスピードを上げてやる開発は、今のところはうまくいっています。何でそうやって新しいものを手がけるのかと言うと、本当に面白いソフトウェアを開発できるのは、それぞれの分野における黎明期の、ごくごく限られた時間の中だけである、と実感してきたからです。


会社は小さくはじめるべきで、スタッフは売上が出てから増やすべきであるというのは、一回自分で会社をやってみたことでの大きな教訓になりました。それに、資金をたくさん集めすぎても買収につながる動きが出たように、かえって身動きが取れなくなるともわかった。そのために、2008年にはじめた「Big Canvas」という会社は、社員は二人でパートがひとりというところからやることにしたんですよ。


ウィンドウズ95の開発において素晴らしかったのは、チームの意志を統一する方法でした。たった2ページの資料にまとめられたプロジェクトの目的や方針は、1992年から3年間の開発期間において、いっさいブレることがなかったですから。チームのひとりひとりが、その2ページの資料を見ながら、開発コンセプトを共有したまま仕事をやれたので、開発のプロセスにおいては必ず出てくる「ここでは、何を捨てるべきか」などという時にも、すぐに妥当な結論を選ぶことができていました。


僕は完璧主義ではないし、とにかく好きなことや、いま一番面白いものを追いかけていたい方だから、エンジニアに向いているかなと思うんですよね。面白い製品が出ると、その発表している側に自分がいなければ、「なぜ、あれを発表しているのが俺じゃないんだ」と悔しいですから。


気分転換は、「数独」など、数字のパズルをやることですね。プログラムの仕事をしているのとほとんど同じ作業をしているのに、不思議なくらいに肩の力が抜けて気晴らしになるんです。


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