中島平太郎の名言 一覧

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中島平太郎のプロフィール

中島平太郎、なかじま・へいたろう。日本の技術者、経営者。ソニーのCD(コンパクトディスク)開発の責任者でCDの父と呼ばれた人物。ソニーの子会社・音響機器メーカーのアイワの社長。東京工業大学電気工学科、九州大学大学院卒。工学博士。大学院卒業後、NHKに入局し音響技術研究に携わる。世界初のデジタル録音機作製などの実績を上げNHK音響研究部部長、NHK放送科学基礎研究所所長を経て、ソニーの井深大社長にヘッドハンティングされソニーの常務に。その後、CDの世界標準規格策定に尽力し、世界初のCDプレーヤーを発表。その後、ソニーの子会社アイワの社長を務めた。

一芸に秀でた連中が大きな目標を与えられ、レベルの高いフィリップスの技術者に刺激を受けて、それこそ寝食を忘れて規格化に取り組みました。翌年、まれに見る短期間でCDの規格は完成しました。世界標準規格を作るためのひとつの成功パターンです。


部下に示す方向性(目標)によって、組織のリーダーの力量がわかります。部下が大いに燃えて、それこそ世界的な偉業を達成できれば、そのリーダーは本物です。ただ、言うは易しです。私はアナログ技術全盛時代に「オーディオでデジタル技術を導入する」という方向性を打ち出しました。幸運にもCDの標準化を若い技術者に与えて成し遂げることができました。


CD規格化のための懇談会を設立したところ、オランダのフィリップスが独自開発のディスクとプレーヤーを持って日本の音響メーカーを訪ねてきました。ディスクの開発では先を進んでいたフィリップスでしたが、デジタル処理回路の部分では明らかにソニーの方が先を進んでいました。ただ、世界で2社がずば抜けていたのは事実で、共同でCDの標準化に取り組むことを提案しました。


私はソニーの社内外から十数人の精鋭を集め、CDの世界標準規格という大目標に向かって号令をかけました。競合メーカーでもあるフィリップスと対等に渡り合うためには、相手より劣っている部分を必死に勉強して補強し、同じ技術レベルまで底上げしなければなりません。我々はフィリップスのディスク技術部隊に若い技術者を送り込み、先方の技術者をデジタル処理技術部隊に入れました。言葉も社風も違う二社が共同作業をするのは難しいことです。会話は英語にし、私の判断でノウハウを含めすべてをさらけ出すことにしました。


いまでこそデジタル録音は、アナログに比べてノイズが少なく、何回再生しても音質が劣化しないなどのメリットがあることはよく知られています。しかしCDの標準化に取り組んだ1970年代後半は理解者が少なく、アナログ信者を説得するのに苦労しました。ソニーでもデジタルに対する風当たりは強く、肩身の狭い思いをしました。


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