中井政嗣の名言 一覧

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中井政嗣のプロフィール

中井政嗣、なかい・まさつぐ。日本の経営者。お好み焼きの千房(ちぼう)創業者。奈良県出身。中学卒業後、乾物屋に丁稚奉公に入る。その後、大阪ミナミにお好み焼き専門店「千房」を開店。同チェーンを海外店やフランチャイズも含め60店舗以上、年商30億円企業へと成長させた。主な著書に『できるやんか!人間って欠けているから伸びるんや』『継続こそ商売の原点』『無印人間でも社長になれた 体験的学歴不問の人材づくり』など。

創業当時、お好み焼をかっこ悪いと思う自分も改めた。「社長の私がかっこ悪いと思う会社に勤めている社員は、もっとかっこ悪いではないか……。よし、千房を『かっこいい会社』にしてやる」と。


社長一人だけ成功してもダメだ。皆が幸せにならなければ。


過去は変えることができない。しかし、自分と未来は変えられる。


私は自分のことを「成功者」ではなく「成長者」だと思っている。前者は成功すれば終わってしまうが、後者は成長している限り永遠だ。


この年になり、初めて知ったことがある。「経済」の意味だ。経済は「経世済民」を略した単語、つまり「世を経(おさ)め民を済(すく)う」という語句だ。「経営」もお経を営むと書く。これらの文字のどこにも「金儲け」とは書かれていない。


学歴もお金も才能もない私がここまで歩んでこられたのは、さまざまな人の支えがあったからにほかならない。


店も会社も、一人の力では成り立たない。仲間がいるから自分がある。その思いが、全社一丸のパワーを生み、会社を「強い企業」へと成長させてくれる。


使命感とは何かと問われたら、私は「ひとつひとつの積み重ね」と答える。たいそうなことを頭で考えてみたところで、それは単に「物知り」であるにすぎない。大切なのは知識ではなく、志を明確にし、行動を積み上げていくことだ。


学歴もなく、これといって能力もない人間が勝つためには、人の倍働けばいいということを私は丁稚奉公時代に悟りました。


私の知るかぎり、低価格路線で継続的に発展した会社はない。安物を売れば売るほど、会社も社員も安物になっていく。安売りをするのではなく、私は千房というブランドを高めたいのだ。


人生、山も谷もある。それを乗り越えながら少しずつ成長する人間でありたい。


人はお世話になったら、あとでお返しをするものです。小さな損を重ねて「お世話」をし、やがて大きな得として返してもらう。それを待たずに、早めに利益を回収しようとすると間違えるのです。


コツコツと信用や評判を高めていけば、やがては商売に跳ね返ってきます。


一回契約を切られたからといって、態度を変えるようでは次の機会に大きな得を得ることはできません。慌てて撤退せずに、細い絆であってもつないでおくことが肝心だと思います。


営業マンの訪問を受けた場合、基本的にお会いするようにしています。なぜなら、千房は外食業です。営業マンは私たちのお客さんでもあるのです。店のファンを増やすには、営業マンにも親切にするのが当然です。


紹介を軽く見てはいけません。私は人を紹介するとき、私自身の信用を担保に差し出しているつもりです。もちろんリベートは取りません。その代わり、うまく運べば私自身の信用が高まります。


私はいつも、その人の背後の数千人と話していると思っています。


営業とは駅伝のようなものだと思っています。一区画だけで勝負するのではなく、延々とタスキをつないでゴールします。たとえば最初に接触したときは商売に結び付かなくても、やがてあなたの信用が評判として広く世間に伝わっていき、結局は、たくさんのお客様を連れてくるかもしれません。


肉親のような親身な思いからガツンとやられれば、叱られる方も、どこかで「ありがたいな」と感じるはずです。でも、上司という公的な立場から叱られれば、逃げ場がなく辛いばかりでしょう。逆に社長から褒められれば、こんなに嬉しいことはないのです。「叱るときは肉親のつもりで、褒めるときは肩書で」。私はこう肝に銘じています。


私は携帯番号を従業員に公開しています。上司にも誰にも言えないことを相談したいときには、社長ではなく中井個人に言ってくれと伝えてあります。店長など幹部社員にも、同じように「個人として」部下からの相談を受けさせていますから、彼らを飛び越して私の携帯を鳴らす者はそんなに多くはありません。それでも、年に1、2回は携帯で相談を受けます。携帯電話で相談を受けたときは、社長ではなく中井政嗣個人として話をしますから、「そんな会社は辞めてしまえ!」と言うこともあります。


私は従業員の家庭に問題がないのかどうか聞くようにしています。本当は個人情報を聞き出すのはよくないのかもしれませんが、従業員と真剣にかかわろうと思ったら、プライベート抜きでは進められません。


タクシーに乗るとき、運転手さんに言うことがあります。「嘘でもいいから、今度乗るお客さんに『景気、ようなりましたなぁ」と言ってくださいよ」と。客は「そんなことあらへん」と否定するでしょう。でも、「乗ってくれるお客さんはみなさん、そう言ってはります」と言われれば、「うちがよくなっていないのはなぜだろう?自分はやるべきことをきちっとやっているだろうか」と考え始めるでしょう。接し方次第で、このように思わせることはできるのです。


部下の家庭に何か悩み事があるときは、解決の手助けができればいいのですけれど、できなくても慰めや励ましの言葉をかけることはできるのです。たとえば子供の不登校で悩んでいる従業員がいるとしたら、「父子家庭やのに、たいへんやなあ。仕事どころやないやろ。子供最優先にしてかまへんからな。授業参観にも行ってやりなさい」と言ってあげるのです。


成果主義が導入され、日本企業でも終身雇用は崩壊したといわれます。しかし、うちはいまでも終身雇用です。ここは日本なんです。理に偏らず、情のこもった経営を続けていきたいと思っています。


従業員に何か問題があったとしましょう。たいていは裏に家庭や家族の問題が隠れています。家庭が上手くいっているときは仕事も上手くいきます。家庭に問題があるのに仕事が上手くいくことはありません。ですから、仕事の問題を解決するために、上司は部下の家庭についても、ちょっとは知っておかなければいけないと思います。


肉親のつもりで叱るには深い愛情が必要です。マザー・テレサの言葉に「愛の反対語は無関心である」というものがあります。つまり「愛」とは相手に関心を持つこと、深くかかわることです。


部下について悩みがあれば、本人抜きであれこれ考えるよりも、本人に直に聞きに行けばいいのです。もちろん詰問調で聞いてはいけません。そのときの自分の顔や口調が相手を不快にさせるのか、元気にさせるのか。それを常に考えながら接しなければならないと思います。人の心は、顔の表情や態度、声の音色から、相手へ瞬時に伝わってしまうのです。


何かわからないことがあったら、本人に直接聞く。これが大事だということに気が付きました。そうすれば解答そのものでなくてもヒントはくれます。


ある時期、何人かの不良少年を受け入れてきました。彼らを指導するのは、確かに骨の折れる仕事です。普通の社員と比べたら手間暇かかります。たとえば、元非行少年の場合は、定時に出勤するという習慣がなかなか身につきません。そこで、一時間遅刻する子なら「30分までは認めよう」とするのです。そういう配慮はしましたが、基本的に特別扱いはしていません。


ある時期、いわゆる「落ちこぼれ」の人たちを採用していました。好き好んで採ったのではなく、実を言うと選り好みできなかったからです。しかし、面接して話を聞くうちに、家庭環境に恵まれなかったから校内暴力やシンナー遊びに走ってしまったという、やむにやまれぬ彼らなりの事情が分かってきました。そうなると、不採用にして追い返すことの方がむしろ勇気を要します。情が移るのです。「よう頑張ったな。ようここまでで止まったな。よっしゃ、うちにおいで。採用や」こういって、何人かの元不良少年を受け入れてきました。


部下に対するときの私のスタイルは一貫しています。叱るときは部下の親か兄のつもりで叱ります。場合によっては「いいか、お前の親の代わりで言うぞ!」と前置きしてからカミナリを落とします。「こいつには何とかわかってほしい」「よくなってほしい」という肉親同様の気持ちがベースです。ですから、きつく言えば言うほど迫力が出ます。「ようやったな。できるやんか!」と褒めるときは「千房社長」という肩書で褒めるのです。これを逆さにしたら効果はありません。


トップに立つ者は自由だ。反面、常に責任と義務が伴う。自分で判断して行動するからこそ、誇りと自信が持てる。悩み苦しみながらも、続けることで本物に近づける。ただし、自由とは勝手気ままに振る舞うことではない。個性も同じだ。人間としての基本ができてこそ個性が生きてくる。


使命感は、「知っている」ことではなく「やっている」ことからしか生まれない。やり続けていると使命感も積み重なり、やるべきことが増えていくだが不思議なことに、少しも大変だとは思わない。それどころか、あれもこれもできるようになっていく。人間の中にある無限の力すら感じる。


何のために働くのか、何のために生きているのか。その基本が分かったとき、自分の中に「志」が生まれ、使命感へとつながっていく。


日々の業務はもちろん、ミーティングや慰安旅行を通じて、私は社員に社長として、一人の人間として自分の背中を見せています。


千房は他のお好み焼店と比べると、一割ほど値段が高い。しかし、いい素材、いいサービス、いい接客を提供しているのだから、これは適正価格だ。それなのに、もしお客様に「高い」と感じさせてしまうのなら、それは店側に何か問題がある。清掃は行き届いているか、接客は充実しているか、スタッフの立ち居振る舞いや髪型はどうか。お客様が不満に思われる何かがあったとき、「高い」という言葉が出てくるのだ。


経営も教育も、マラソンではなく駅伝だ。きみたちが人に支えられてきたこと、してもらったことを、やる気のある次の人たちにバトンタッチしてあげたいと思わないか。
【覚書き|同社の経営幹部たちに語った言葉】


感謝の気持ちと志。貧しい環境に生まれた人は、ヒト、モノ、カネのありがたさを知っている。感謝することを体で知っている。これが人間が伸びていく大きな要素であるし、最高の貯金だ。


店に投資すれば売上を生み、それが職場=働く場所を生む。これこそ社会貢献に等しい。経済とは、経営を通して成し遂げたい「志」を貫くことであり、その末に生じるものが売上であり利益なのだ。


いま、日本から急速に「恥の文化」が失われつつある。しかし、己を育み愛してくれた土地に恥をかかせてはいけない、自分が道を誤ると、家族、友人知人、ひいては故郷に傷をつけることになると気づいたとき、人はそう簡単に道を踏みはずさない。


私は目標や志を積み重ねることで、少しずつ前に進んできたというのが実のところだ。


私は義兄の西洋料理店で修業した。独立するときはフランス料理かイタリア料理でと考えていたのに、義兄の勧めでお好み焼店をすることになったとき、私は「お好み焼屋なんてかっこ悪い」という劣等感にも似た気持ちを抱いてしまった。なんで西洋料理の修業を積んだ自分がお好み焼なのかと。だが義兄は、そんな私に向かってこう言った。「お好み焼はメリケン粉とキャベツだけを使う簡単なもんや。でも、簡単なものこそむずかしいんや」。これは新しい発見だった。以来「むずかしいことは簡単に、簡単なことはむずかしく考えよう」と思った。


 千房は海外展開をしない。その理由は3つある。
 ひとつは、国内にお好み焼の技術を伝えたいからだ。千房は唯一ハワイにだけ海外店舗を持っているが、ここに出店したとき、海外に店を出すということは、その技術まですべて外国に引き渡すことだと痛感した。せっかく積み上げたお好み焼のノウハウを、なぜわざわざ海外に譲渡する必要があるのか。日本に育ててもらったのだから、日本に還元したい。
 二つ目は、日本国内に職場を提供したいからだ。やりたいのはあくまで国内での雇用であって、海外での雇用ではない。
 三つ目は、全世界のお客様を日本に呼びたいからだ。お好み焼は日本が誇る料理であり、食文化だ。それをぜひ味わいたいという外国のお客様には、日本に来ていただければよい。そうすれば技術も雇用も海外流出することなく、来日客の増加によって国内経済が活性化するという相乗効果も生まれる。


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