三澤千代治の名言 一覧

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三澤千代治のプロフィール

三澤千代治、みさわ・ちよじ。日本の経営者。「ミサワホーム」創業者。新潟県出身。日本大学理工学部建築学科卒業。ミサワホームを設立。同社を東証一部に上場させた。

ハウスは「物」でありハードだが、ホームは「家庭」、つまりソフトである。私たちが提供しようとしたのは、ホームだった。


定年まで40年というと10種類以上の学士になれる。


欲のない年寄りの話に真実がひそんでいる。


私の人生を振り返ると、つくづく私だけでやってきたことはたいしたことはなく、教えていただいたことばかりであったと痛感している。


現代社会では理屈を言うより、五感を磨いた人の方が重要だ。学校と家とを往復しただけの真面目な学生より、人一倍遊びまわって五感を身につけた人の方が、ビジネスマンとして伸びる可能性がある。


世の中の変化に合わせて経営者も変わらなければならない。それには一度死んで生まれ変わるのが一番と考えて、「高度成長成り上がり居士」という戒名をつけて、「私はこのほど死にました」という挨拶をしてまわった。


不透明な時代、人も企業もどう生き残るかとよく言うが、これは生き残りと勝ち残りとあって、なんとかやりくり算段して命を伸ばすというのが生き残り、根本問題をかたづけて次の時代をにらむのが勝ち残り。


友人の山本幸男と2人で事業をスタートした。山本は十日町高校の同窓で、浪人して2年遅れていた。山本は文系で私は理系。私はせっかちだが、彼はのんびり屋。商売も、私はフローで回転が速いほうが好き、彼はストックの堅実派。着ている服は、私は全部紺で、彼は全部茶色。彼は酒が飲めて、ゴルフが好き、私は酒もゴルフもダメ。彼は歌がうまく、私は音痴。女性の好みも全く違う。しかし、山本も私も事業家の家に育ったせいか、何となく気が合った。仕事を一緒にやっていても、口を開けば逆のことを言う。だが、これが経営のバランスになり、なるほどそういう見方もあったかと気付く。


入院生活では収穫もあった。「100日仰向けでいろ」との医師の命令があったため、病室ではずっと天井を見つめていた。暇だったので周囲に目をやると、次第に天井の梁(はり)の出っ張りが気になってきた。なぜこんな不細工なものが部屋にあるのか。それが出発点になった。天井の梁や、部屋の隅の柱の出っ張りがない空間ができないものかと思い、「木質パネル接着工法」を思い付く。これがミサワホームの始まりになった。
【覚え書き|大学4年時に結核で入院したことを振り返って】


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