三村明夫の名言 一覧

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三村明夫のプロフィール

三村明夫、みむら・あきお。日本の経営者。新日本製鐵(新日鉄)社長・会長。群馬県出身。東京大学経済学部経済学科卒業後、富士製鉄(のちの新日鉄)に入社。新日鉄自動車鋼板販売部長、新日鉄販売総括部長、取締役建材営業部門長、常務薄板営業部門長、副社長などを経て社長に就任。そのほか、日本鉄鋼連盟会長、日本経団連副会長などを務めた。

今何をするかが将来を決める。


簡単なことを難しく言っても、人に感動を与えることはできない。


いま私たちが直面しているような危機は、日本にとって初めてでも何でもない。第2次世界大戦後もそうだし、バブル崩壊もそう。リーマンショックも東日本大震災もそうだが、そういう危機ってみんなが意識できる危機だった。対策がそうとうきつくても、国民は受け入れる。そうやって危機を乗り切ってきた。国民も、国家も、適切に危機を認識できれば、それはそれで物事は動くもの。


「モノづくり」という言葉はソフトで、温かい使い方だが、モノを作るビジネス環境が整えられていないと、いかに匠の技があっても存続は難しい。


私が社長の5年間は5%成長という夢のような時代だったが、歴史的に見ると世界経済は3%しか伸びていない。あんな時代はもうやってこない。いまがニューノーマルで、いい悪いは別にして、世界はより持続可能な成長軌道に回帰した。


いまの時代には古い考えかもしれないが、企業の役割は雇用の機会を生むこと。一方、海外移転も経営者として正しいことだと思う。どんどん海外進出をやればいい。しかし、このままだと日本はどうなっちゃうんだろう。経営者も皆、海外進出にためらいを持っている。企業は何のために存在するのか。長い歴史の中で、もしかしたら初めて、国益と企業益が乖離する時代を迎えたのかもしれない。


リーダーにとって自分の意見をみんなに理解してもらう能力というのは非常に大事だと思うんですよね。個性を明確にするのは必要だけれど、自分の言葉で分かりやすく喋れるということが大事だと思います。


トップになると、従業員の前で話す機会は非常に多い。ややもすると、上層部は現場の危機意識が分からないし、現場の人は上の危機意識が分からない。だから、現場と上の距離をできるだけ縮める努力をすることもトップにとっては必要。


社長になったとき、どんな社長になりたいか考えました。就任前にはさまざまな人物に会って、トップに必要なことに関して話を聞いて回りました。そのとき「日本の社長はやさしいことを難しく言い過ぎる」と言われました。そんなこともあり、自分の言葉で物事を分かりやすく話せる社長になりたいと思いました。簡単なことを難しく言っても、人に感動を与えることはできませんから。


ジャスト・イン・タイムの一つの思想というのは何かといったら、常に小さな危機を発生させるということですよ。在庫を持たないんだから、サプライ・チェーンのどっかが欠けても、どこのところが問題だって、そこのところがすぐ分かるわけです。だから、こういう問題を要するに、小さな芽のうちに潰す。これがその思想。


危機にあっては、良いところと悪いところが増幅して出てくる。危機にあって問題だと思ったことは日頃問題だと思っていることだし、良いと思ってることは日頃我々がある程度そうじゃないかなと感じていたもの。


人が少なくなれば需要が減る。問題の解決を誰かが助けてくれるわけではありませんから、地域地域で、再生のビジョンを考えるべき。


全国1800の自治体には1800の処方箋があるべきだと思います。それぞれの地域が将来自分達はどうあるべきかを考え、行動することが地方再生の核になります。


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