三木卓の名言 一覧

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三木卓のプロフィール

三木卓、みき・たく。日本の詩人、小説家、児童文学作家、ロシア文学の翻訳家。幼少時に太平洋戦争敗戦を経験。大連から引き上げ途中で父と祖母を失う。早稲田大学文学部露文科卒業。「東京午前三時」で詩壇の芥川賞と呼ばれるH氏賞、「鶸」で芥川賞、「路地」で谷崎潤一郎賞、「裸足と貝殻」で読売文学賞、「イヌのヒロシ」で路傍の石文学賞を受賞。

失くしたものばかりを思っていたらうつになります。不景気、不景気と言うけれど、揚げたてのアジフライとキャベツの千切りがあって、生ビールを飲めたらそれで幸せじゃないですか。


自分にとっては大変なことでも、他人から見たらおかしなことかもしれません。自分を笑いものにすることが、ユーモアの基本です。我々はお互い情けない存在なんだ、という共感がどこかにあります。そういうところへ自分の気持ちを引っ張り出すことが大事です。


礼状にはパーソナルな要素が入らなければいけません。その人と自分との間にしかないようなつながりが、どこかで出ることが大事だと思います。


僕はおやじギャク、大賛成です。大いに飛ばしてほしい。しかも下手であるほうがいいんです。みんなに「あれさえ言わなけりゃ、いい男なんだけどな」と言われるのが大事だと思います。たとえば大砲の弾がドカドカ飛んできて、全員が頭を低くしているときに、誰かがボソッとくだらないことを言う。そうすると、みんな元気が出ると思うんです。


パーティではみんな楽しいという感じをつくっていくのがいいんです。主催者はもちろん、参加者も一緒になってそういう方向へ持っていく。大きくいえば日本の社会が少し明るくなったり、少し楽しくなったりした方がいい。大事なのは、少し上向きにしていこうとすることです。


小学4年のとき、満州から引き揚げてきたとき、リュックサックの中には着替えと親父の骨箱だけ。家屋敷や財産は全部向こうにおいてきました。だから、あとはもうよくなるしかないという思いで世界を見ています。


劣等感は十全に法則に適合できない生物が、より充実した生を生きたいと思っているのにそれがかなわない痛みであるといえるだろう。とすれば、劣等感とは、積極的に生きたいとする生の願望が何らかの形で否定されることによって顕在化した痛みである。ともいえるということである。


劣等感とは、十全に生きたいと強く願う人ほど味わわねばならぬ可能性が多くなる感覚なのであって、いちがいに委縮した退嬰的なものと思うわけにはいかないのである。我々はほとんど誰も、完璧な形で宇宙の意志を実現しているものではないはずであるから、そのことを強く意識したものほど劣等感を味わうであろう。 【覚書き|退嬰=たいえい=しりごみすること】


欠陥だらけの人間でも、その人間が鈍感であり、自己を見つめる目がなければ平気なのである。だから劣等感というものは高級な感覚だとも言える。


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