三原邦彦の名言 一覧

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三原邦彦のプロフィール

三原邦彦、みはら・くにひこ。日本の経営者。東京出身。「ビー・スタイル」社長。芝浦工業大学工学部機械工学科卒後、「インテリジェンス」に入社。エンジニア派遣事業部執行役員、子会社「ECサーブテクノロジー」社長などを経て「ビー・スタイル」を設立。

厳しい状況を一緒に乗り切ってもらうには、「未来」を見せないとダメ。


僕らのようなベンチャーは立ち上げの時こそ、優秀な人材が必要です。でも、立ち上げたばかりの会社が求人を出しても、なかなか応募してもらえない。だから直接、自分で口説きに行きました。やろうとしている事業が、どれだけ魅力的なことかをまず伝える。そして入社を決断してもらううえで、もう1つ大事なのは、計画が絵に描いた餅ではないことを説明することです。


リーマンショックで危機に瀕したとき、成長が期待できる新規事業を立ち上げるなどして、「この状況は何年も続かせないし、絶対に社員を辞めさせない」というメッセージを社員に伝えました。おかげでほとんどの社員が残ってくれたし、業績も急速に回復しました。


私は会社を立ち上げた時から、いい時も悪い時も毎月、会社の懐事情を説明してきました。そしてオフィス家賃の値下げ交渉をするなど、販管費を下げる取り組みの経過と結果も見せてきた。それが、社員が厳しい状況を受け入れてくれる土壌になっていたと思います。


はじめに企業の人事部門に営業したのですが、前例のない提案だったので上手くいきませんでした。一番、決定権の強い人、つまり経営者へのアピールです。そこでまず、東証1部上場企業の社長全員に「私たちの話を聞いてください」と手紙を出しました。私たちのサービスが珍しかったこと、直接手紙を出す理由を正直に書いたことが効いたのか、思った以上に多くの会社で好意的に受け止めていただけました。


雇用機会均等法が施行されて以降、男女のキャリアは結婚するまでは同じになった。でも結婚後の状況は20年前と変わりません。それを変えるべきだ、変えていこう。そう思ったのです。そこで既婚女性を中心とした人材派遣会社を立ち上げたのですが、業界を調べてみると、同じような派遣業を目指して挫折した「屍」が見つかった。実は、それほど難易度の高いビジネスというわけです。でも、だからこそ、命を賭して挑戦していこうと、改めて心に誓ったのです。


昭和20年代の発売当初、日本人はコカ・コーラを「醤油みたいな色で薬臭い」と嫌いました。その時、営業担当者は「味はうまい」ということをわかってもらうために、とにかく人が飲んでいるシーンを見せてPRしたそうです。「隣の人が飲んでいるなら、うまいのだろう」と心理のハードルを下げさせたのですね。うちもそれを利用しました。まずA社で実績を挙げたら、それを取材して事例を作り、それを持ってB社、C社へ営業する。そうして何十社も続け、広げていったんです。


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