一力健の名言 一覧

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一力健のプロフィール

一力健。日本の経営者。電通の子会社として発足したシステムインテグレーター企業である電通国際情報サービスの社長・会長。同社で13年間経営の陣頭指揮にあたった。そのほか、社団法人テレコムサービス協会会長なども務めた経営者。

当社のような情報技術(IT)の業界はもともと個人主義的な色彩が強いのですが、トップがさらに鼓舞するものだから、若い人たちはそれこそいろいろな提案を持ってきてチャレンジするようになりました。中には別会社を作りたいという社員も出てきました。実際、2つほど社員提案で会社を作りましたが、それらの業績は上々です。こうした個人主義の称揚効果には、言い出した私の方が驚いてしまいました。日本人にも個人主義は適応するのです。


日本の問題も、高い専門性に裏打ちされた製品なりサービスを売らなければならなくなったのに、会社の体質は汎用製品を大量販売する仕組みのままというところに根がある気がします。そのミスマッチを変えることができれば、日本は必ず復活すると思います。


当社は顧客に最も合った情報システムを構築する会社で、汎用的なシステムを売る会社ではありません。高い能力と専門性を持ったプロの社員が最大の資産です。こうした会社は、汎用品を大量生産するような体質では事業は伸びません。


私は会社を移って10年後に社長になり、それから13年間社長を務めましたが、その間に一貫して社員に示してきたのが「個人主義」です。組織の中に埋もれず、年齢に関係なく自分の意見を言い、頭を絞り事業プランを提案し行動しろと言ってきました。


個人主義というと、日本人の体質に合わないのではないかと懸念する人がいますが、私は逆だと思います。案外、自分の会社がそうなってくれればいいと思っている社員は多いのではないでしょうか。「もっと自分に大きな仕事と責任を与えてほしい」と。


大企業の組織の中にいては、必要性を痛感していても、集団主義で凝り固まっている経営の仕組みを変えるのは容易なことではありません。しかし、新しい会社ならしがらみがないので何にでも挑戦できます。


人生、何が幸運を呼ぶかわかりません。振り返ってみると、私にとって新しい会社へ移ったことは幸運でした。電通での営業経験が生かせる職場ではありませんが、企業というものに対する考え方、人生観といったものが、電通より新しい会社に合っていたのです。日本の大企業の年功序列や集団主義というものに、どこか釈然としないものを感じていました。また、ゴルフ、マージャンとカラオケという、大組織の中では重要な潤滑油とされるものが大嫌いだった私にとって、新しい会社は過ごしやすい環境でした。
【覚書き|設立されたばかりの電通子会社、電通国際情報サービスに移籍し、まったく異分野の仕事に飛び込んだ時を振り返っての発言】


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