レオナルド・ダ・ヴィンチの名言 一覧

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レオナルド・ダ・ヴィンチのプロフィール

レオナルド・ダ・ヴィンチ。ルネッサンス期を代表する芸術家、画家、彫刻家、建築技師、設計士、兵器開発者、科学者、哲学者、解剖学者、動物学者、ファッションデザイナーその他広い分野で活躍し「万能の人(uomo universale:ウォモ・ウニヴェルサーレ)」と称えられる人物

その手に魂が込められなければ、芸術は生まれない。


シンプルさは究極の洗練である。


人間の巧妙さが、自然が創造するものよりも美しくシンプルな、あるいは正確な発明をすることは決してできない。なぜなら自然の女神の創造物には何一つ欠けるところがなく、何一つ過分なものがないからである。


何にせよ、勉強したことを記憶したいと思ったら、以下の方法に従うとよい。同じものを何度も描いて「もう記憶してしまった」と思ったら、モデルを見ずに描いてみる。ただ、そのあとで、薄い滑らかなガラスの上でモデルをトレースしたものを、モデルなしで描いたものに乗せて合わせてみる。トレースしたものと描いたもののどこが符合するか注目する。また、どこで間違いを犯したか見つけ、二度と同じ間違えをしないために、そこを記憶する。何度も間違えるところは、心の修正をするために、モデルに戻って写してみても良い。


人間固有の行動がどれほど多様であるか君にはわかるだろうか。また動物や草木や花の種類がどれほど数多いか君にはわかるだろうか。山地や平地、泉、川、都市、公共建築物、住宅、そして人が使う道具、衣装、装飾、美術、この世はなんと学ぶべきことが多いことか。


わからないことがあると私は答えを求めて田園をさまよった。なぜ貝殻が山の頂上で見つかるのか。しかも、海にあるはずのサンゴや海藻などの跡をつけて。雷はなぜ起こった後までなり続けるのか。雷光は起こった瞬間から目に見えるのに、雷鳴はなぜもっとあとになって聞こえるのか。水に石を投げると、水面に輪ができるのはなぜか。鳥はどうして空中にとどまっていられるのか。こういう数々の疑問や不思議な現象が私の心をとらえていた。


我々の周りにある偉大なことの中でも、無の存在が最も素晴らしい。その基本は時間的には過去と未来の間にあり、現在の何ものをも所有しないというところにある。この無は、全体に等しい部分、部分に等しい全体を持つ。分割できないものと割り切ることができるし、割っても掛けても、足しても引いても、同じ量になるのだ。


●よく過ごせた日には、安らかな眠りが訪れる。だから、よく過ごせた人生には、安らかな死が訪れる。
●私は奇跡をなし遂げたいのだ。
●知りたいという欲求は、人間の良き本性である。
●時々絵から離れて少しリラックスするのも良い考えだ。また戻ってきたときには、判断力が確かなものになっている。作品の前にずっといると、正しい判断力が失われていくからだ。


●使わない鉄が錆びるように、たまった水が腐ったり凍ったりするように、我々の知性も使い続けなければ無駄になる。
●距離を置いて作品を見るのも良い方法だ。なぜなら、そうすると作品が小さく見える。そうなるとより多くのことが一目で把握できる。調和や均衡が欠けていないか、色合いはどうかといったことが良くわかるのだ。 ●真実においては、大いなる愛は愛する対象についての大いなる知識を生む。
●鳥が羽を使って天を舞うように、人も羽を使って天に近づく。すなわち、羽ペンで文字を書くことで。


●多くの人は、私を非案する正当な理由があると考えるだろう。判断力が未熟なために、権威ある人々の考えと私の見解が正反対であると断じ、私の仕事が単純で平易な経験から得られた問題提起だとは考えないのだ。
●私にとっては経験から生まれたのではない科学など、間違いだらけで無意味に思われる。はじまりから終わりまでが五感の一つによって直接感じられ、あらゆる確かさの母である経験によらない科学など。
●誰も他人のやり方を真似すべきではない。なぜなら、真似をすれば自然の子供ではなく、自然の孫でしかない。我々には自然の形態がたくさん与えられているのだから、直接自然に触れることが大事だ。


人間は古代人によって小宇宙と呼ばれた。この言葉は実に当を得ている。なぜなら、人間には肉を支える枠組みとしての骨があり、地球には土を支える岩がある。人間は血液という湖を持ち、そこでは肺が膨らんだり、しぼんだりして呼吸作用をしているように、地球には海があり、四六時中潮の満ち引きが宇宙の呼吸作用を繰り返す。血液の湖からは静脈が出ており、体中に枝分かれしていくように、海は地球に無限の水脈を広げている。


私の描くこの人体は、君の目の前にまるで本人がいるようにはっきりと見えるだろう。もし君が人間の体の各部位を解剖学的に完全に知りたいと思うなら、君あるいは君の目は、下から、前から、横から、また、回してみたり、どこに起点があるか調べたりしながら、いろいろ異なった面から観察しなければならない。私の絵は、どんな部位でも君にはっきりわかる。体の各部位を三つの視点から見て表現することが大切なのだ。


よく知られているように、間違いというものは、自分の仕事よりも他人の仕事の中に見つけやすいものだ。絵を描くときには、平らな鏡を使って、そこに自分の作品を映してみるとよい。すると、絵が左右逆に映し出される。そうすれば、誰かほかの画家によって描かれているように見え、じかに自分の絵を見ているときよりも、その欠点がよく見えるものだ。


ここに集められたものは順不同に並んでいる。様々な論文からとったもので、あとで主題別に整理したいと思っている。それまでは、同じことを何度も繰り返すこともあるに違いない。読者よ、どうかそのことで私を責めないでいただきたい。【物理学に関する手記の序文】


●経験は決して間違えない。間違えるのは人間の判断だ。自分で実験してもいない結果を予測して、判断を間違えるのだ。
●人が一番惑わされやすいのは、自分自身の考えによってだ。
●我々の知識はすべて、我々の知覚に基づいている。
●理解するための最良の手段は、自然の無限の作品をたっぷり鑑賞することだ。
●音楽は絵の妹と呼べるだろう。なぜならそれは聴覚に頼るからで、聴覚は第二番目の感覚だから。絵は何よりも優れていて、音楽より高く位置づけられている。というのも、絵は生まれるやいなや消えてしまうというようなことがないからだ。


●そんな小さな空間に、全宇宙の姿を抱えることができるなど誰が信じるだろう。
●五感は魂に仕える従僕だ。
●想像は感覚に作用する。だから、思考と想像力は感覚にとって舵と手綱の働きをする。
●よい香りを作るには、新鮮なローズ・ウォーターで手を湿らせる。それからラベンダーの花を手に取り、両手でこすり合わせるとよい。【覚書き:香水の作り方についての発言】


君にはわかるだろうか。視覚こそがこの世界の美しさを包み込むのだ。視覚は天文学の師であり、人間のあらゆる技術を助け、導くものだ。視覚は人間を世界の隅々までおもむかせる。視覚は数学の様々な部門を支配する。視覚による知識は最も確実なものだ。それは星の距離や大きさを測り、星座の要素や性質や運行を発見し、そこから次に起こることを予言できるようになる。視覚は、建築と図面を生み、そして最後に絵画という聖なる芸術を創始した。おお視覚よ、汝は神の最も優れた創造物だ。汝の崇高さにふさわしい、どんな賛美の歌があろうか。どのような人々が、どんな言葉が、汝の達成したことを言い表せることか。


大気のこの青い色は、本当の色ではないはずだ。暖かく湿った空気が蒸発して目に見えない細かい粒子になり、それがふたのように覆っている宇宙の黒い闇の下で太陽の光に照らされて、このような色に輝くのだ。【覚書き:なぜ空が青いのかということについてのダ・ヴィンチの仮説】


故郷に帰りたい。あるいは原初の混沌に戻りたいという望みや願いを抱いている。明りに向かう蛾のように、春や夏の再訪を喜びとともに待ち望む人のように。自分の願うことがやってくるのが遅すぎると嘆き、自分の望むことが自分の破滅につながるとも知らず。しかしこの願いこそ、その本質において、人間の体に閉じ込められ、元に戻りたいと願っている元素の霊なのだ。この願いは、その本質において、自然に内在するものである。【覚書き:自分の死生観を語った言葉】


(裏切り者の弟子ユダの顔は)世界の創造主である神を裏切るまでに邪悪な顔なのです。難しいと思いますが、モデルを探し続けるつもりです。ですが、もし見つからなかったら、いつでも院長の顔がありますから。【覚書き:最後の晩餐の制作で、キリストを裏切った弟子ユダの顔をどう描いたものかと迷っていた時の発言。院長とはミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の院長のこと。同院長は、最後の晩餐の壁画制作中にダ・ヴィンチが筆を休め何時間も思索にふけることをサボっていると勘違いし叱った人物。ダ・ヴィンチのブラックジョーク】


もし、想像の動物を本物のように見せたければ、たとえば、ドラゴンを取り上げてみると、頭はマスチフかセッター、目はネコ、耳はヤマアラシ、鼻はグレーハウンド、ライオンの眉毛に老いた雄鳥の額、ミズガメの首を使うとよい。【覚書き:ダ・ヴィンチの短いレクチャー本「想像上の生き物を、本物のように作るために」の中の一節。ダ・ヴィンチは実際に生きたトカゲに部品をつけドラゴンを作り、友人たちを恐れおののかせたことがある】


「独創的な自然が創造したさまざまに不思議な形がたくさん寄り集まっているのを見たいものだ」という熱い思いに衝かれて、うす暗い崖の周りをしばらくさまよっていると、大きな洞穴の入り口に出くわした。しばらく、呆然としてその前で立ち尽くしていた。こんなものが存在するとは知らなかった。背を丸め、かがみ込んで左手を右ひざに充てると、まぶたが下がり、閉じる。その中に、何かを見つけることができるかどうか見極めようと、何度もそんなふうにかがみ込んだ。そうして、しばらくそこにいると、私の中に恐怖と願いのふたつが浮かび上がってきた。恐ろしげな暗い洞穴の恐怖と、その中に不思議なものがあるかどうか見たいという願いだ。


一日の始まりの時、南側の地平線のそばでは大気がバラ色に染まった雲にぼんやり霞んでいる。西の方はまだ暗く、東の方へ行くにつれて地平線のあたりの湿った水蒸気のせいで、実際の地平線よりも明るく見える。そして東にある白い家々はほとんど識別できない。一方、南の方は遠くへ行くほど、バラ色の度合いが濃くなり、西の方はそれがもっと暗い色合いになる。そしてその影は白い家々の手前で消えている。【覚書き:ある日の日の出を描写した文章】


●芸術家はたくさん仕事をするためには、時には描かずにいる必要がある。
●画家は孤独でなければならない。なぜなら、一人なら完全に自分自身になることができるからだ。たった一人の道連れでもいれば、半分しか自分ではなくなる。
●仕事から離れて、リラックスする時間を取ることは良いことだ。というのは、ふたたび仕事に戻ってきたときに、よりよい判断ができるからだ。


●すべては、すべてから来る。すべては、すべてから創られ、すべては、すべてに戻っていく。すべては、すべてに包み込まれる。
●どんな部分も、全体に組み込まれるようにできている。だから、それ自体の未完成から逃れられる。
●芸術の科学と、科学の芸術を研究せよ。
●あらゆるものは、他のあらゆるものと関連する。


●老人が死ぬのは、熱が原因でないのなら静脈が原因だ。静脈壁がぶ厚くなり、しまいに詰まって、血液が流れなくなるからだ。
●医者を避けよ。なぜなら、その薬は錬金術の一種。それを飲む者は間違った忠告を受け入れている。


私は障害に決して屈することはない。いかなる障害も、私の中に強い決意を生み出すのだから。


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