バラク・オバマの名言 一覧

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バラク・オバマのプロフィール

バラク・フセイン・オバマ・ジュニア。第44代アメリカ大統領。アフリカ系アメリカ人として、またハワイ州出身者として初めて大統領になった米国民主党の政治家。ハワイ州ホノルル生まれ。コロンビア大学卒業後、NPO法人やリサーチ会社、教会の地域振興事業管理者を経た後、ハーバード大学の法科大学院に入り法律を学ぶ。その後、弁護士として活躍し、イリノイ州議会議員、合衆国上院議員を経て大統領就任。

我々は夢を追ってリスクを冒していく国民です。我々は誰よりもイノベーションが得意で、それが経済を強くしている。


アイデアというものが経済を強くしていく。


リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただアメリカ合衆国あるだけだ。
黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ラテン人のアメリカも、アジア人のアメリカもなく、ただアメリカ合衆国があるだけだ。


いま教育をどうしていくかと各界のリーダーが決めていくことこそが、今後続く世代を取り巻く世界を形作っていくことになる。


今求められているのは新たな責任の時代だ。米国民の一人一人が自分目身、自分の国、そして世界に対して義務を負うという認識だ。嫌々の義務ではなく、喜んでつかむ義務だ。


我々が立ち向かう挑戦は新しく、それに立ち向かう手段も新しいかもしれない。しかし我々の成功の礎となる価値観は古い。それは誠実さと勤勉、勇気と公正、寛容さと好奇心、忠誠心と愛国心などだ。これらは普遍の真理である。我々の歴史を通じて前に進む静かな力となってきた。そうであるならば、今求められているのはこうした真理に立ち戻ることだ。


アメリカは、あらゆることが可能な国です。それを未だに疑う人がいるなら、今夜がその人たちへの答えです。建国の父たちの夢がこの時代にまだ生き続けているかを疑い、この国の民主主義の力を未だに疑う人がいるなら、今晩こそがその人たちへの答えです。


老いも若きも、金持ちも貧乏人も、そろって答えました。民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも。アメリカ人はみんなして、答えを出しました。アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の寄せ集めだったこともないと。私たちは今も、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国なのです。
【覚書き|青い州と赤い州とは2000年頃に生まれた言葉。大統領選で民主党が勝った州を青、共和党が勝った州は赤に塗られた地図がマスメディアで使われたことで生まれた】


私たちは今まであまりにも長いこと、あれはできないこれはできないと言われてきました。可能性を疑うよう、シニカルに恐れを抱いて疑うように言われ続けてきました。けれども私たちは今夜、アメリカに答えをもらったおかげで、手を伸ばすことができたのです。歴史を自分たちの手に握るため。より良い日々への希望に向けて、自分たちの手で歴史を変えるために。


ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかしこの夜、私たちが今日と言うこの日に、この選挙で、この決定的な瞬間に成し遂げたことのおかげで、アメリカに変化がやってきたのです。


先ほど少し前に、マケイン上院議員から実に丁重な電話をいただきました。マケイン議員はこの選挙戦を長く、激しく戦ってきた。しかし議員はそのずっと前から、愛するこの国のために、もっと長くもっと激しく戦った人です。マケイン氏がこの国のために払ったすさまじい犠牲のほどを、私たちのほとんどは想像すらできない。勇敢で、わが身を忘れて国に献身するジョン・マケインというリーダーがこれまで国のために尽くし、働いてくれたおかげで、私たちの世界はより良いところになりました。私はマケイン議員を称えます。そしてペイリン知事を称えます。マケイン議員たちが成し遂げてきたことを称えます。そしてこれから、この国の約束を再生させるため、マケイン氏たちと共に働くのを楽しみにしています。


この国の次のファーストレディ、ミシェル・オバマ。彼女が絶え間なく私を支えてくれなければ、16年前からずっと最高の親友でいてくれた彼女が、礎となって家族を支えてくれた彼女が、私にとって最愛の彼女がいなければ、私は今夜ここに立っていません。サーシャとマリーア。君たちにはちょっと想像もつかないほど、お父さんは君たちを愛しているよ。君たちふたりもがんばったから、約束した通り、ホワイトハウスには、新しく飼う子犬を一緒に連れて行けるよ。


大統領の職を目指した人たちの中で、私は決して有力候補ではなかった。最初からたくさんの資金があったわけでもなければ、大勢の後援を受けていたわけでもありません。私たちの選挙戦はワシントンの広間で始まったわけではない。この選挙戦はデモインの裏庭で始まった。コンコードの居間で始まった。チャールストンの玄関ポーチで始まったのです。この選挙戦は働く人たちがなけなしの貯金をはたいて、5ドルや10ドル、20ドルを提供して、そうやって築き上げていったものです。
【覚書き:デイモン(アイオワ州)、コンコード(ニューハンプシャー州)、チャールストン(サウスカロライナ州)】


私たちの前には、長い道のりが待ち受けています。目の前の斜面は急です。目指すところに、1年ではたどりつかないかもしれない。大統領として1期を丸ごと使っても無理かもしれない。しかしアメリカよ、私たちは絶対にたどり着きます。今夜ほどその期待を強くしたことはありません。みなさんに約束します。私たちは、必ずたどり着きます。


これから先、挫折もあれば早まった行動もあるでしょう。私がこれから大統領として下す全ての決定やすべての政策に賛成できない人はたくさんいるでしょう。そして政府がすべての問題を解決できるわけではないと、私たちは承知しています。けれども私たちがどういう挑戦に直面しているのか、私はいつも必ずみなさんに正直に話します。私は必ず、皆さんの声に耳を傾けます。意見が食い違うときは、特にじっくりと。そして何よりも私は皆さんに、この国の再建に参加するようお願いします。国を建て直すとき、アメリカでは過去221年間、いつも必ず同じようにやってきた。


みなさんなしでは、変化は実現しない。社会に奉仕するという新しい意欲がなくては、自分を捧げるという新しいスピリットがなくては、変化は実現しないのです。だからこそ私たちは今、新しい愛国心を呼び覚ましましょう。新しい責任感を呼び覚ましましょう。私たち一人ひとりがもっと参加して、もっと一生懸命努力して、自分だけの面倒を見るのではなく、お互いの面倒を見るように。


この国の私たちは、ひとつの国として、ひとつの国民として、共に栄え、共に苦しむのです。この国の政治をあまりにも長いこと毒で満たしてきた、相変わらずの党派対立やくだらない諍いや未熟さに再び落ちてしまわないよう、その誘惑と戦いましょう。


かつて、今よりもはるかに分断されていた国民にリンカーンが語ったように、私たちは敵ではなく友人なのです。感情はもつれたかもしれないが、だからといってお互いを大事に思う親密な絆を断ち切ってはなりません。そして私がまだ支持を得られていない皆さんにも申し上げたい。今夜は皆さんの票を得られなかったかもしれませんが、私には、皆さんの声も聞こえています。私は、皆さんの助けが必要なのです。私はみなさんの大統領になるつもりです。


平和と安全を求める人たちにお伝えします。私たちはみなさんを支援します。そしてアメリカと言う希望の灯はかつてのように輝いているのかと、それを疑っていたすべての人たちに告げます。私たちは今夜この夜、再び証明しました。この国の力とは、武器の威力からくるのでもなく、富の巨大さからくるのでもない。この国の力とは、民主主義、自由、チャンス、そして不屈の希望という私たちの理想が内包する、その揺るぎない力を源にしているのだと。それこそが、アメリカと言う国の素晴らしさです。


アメリカは変われる。私たちのこの連邦は、まだまださらに完璧に近づくことができる。私たちがこれまで達成してきたことを見れば、これから先さらに何ができるか、何をしなくてはならないかについて、希望を抱くことができるのです。


今この時にこそ、私たちは人々がまた仕事につけるようにしなくてはなりません。子供たちのために、チャンスの扉を開かなくてはなりません。繁栄を取り戻し、平和を推進しなくてはなりません。今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、基本的な真理を再確認しなくてはなりません。大勢の中にあって、私たちはひとつなのだと。息をし続ける限り、私たちは希望をもち続けるのだと。そして疑り深く悲観し否定する声に対しては、そんなことできないという人たちに対しては、ひとつ国民の魂を端的に象徴するあの不朽の信条でもって、必ずやこう答えましょう。Yes we can。ありがとう。神様の祝福を。そして神様がアメリカ合衆国を祝福しますように。


私たちが議論するのは、私たちの自由の印です。自分たちが何かを主張しているまさにその時、遠い国々の人たちは、大事な問題について言い争うチャンスのために戦い、投票する権利のために命をかけている。それは決して忘れてはなりません。


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