ひろゆき(西村博之)の名言 一覧

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ひろゆき(西村博之)のプロフィール

西村博之、にしむら・ひろゆき。日本の起業家。日本最大規模のインターネット掲示板「2ちゃんねる」開設者。「ひろゆき」の名で親しまれた。神奈川県出身。中央大学文学部教育学科在学中に2ちゃんねるの前身となる「Hirox’s room」を開設。米国アーカンソー州のアーカンソー中央大学(University of Central Arkansas)留学中の1999年に2ちゃんねるを開設。インターネット検索と電子通貨の未来検索ブラジル、ニコニコ動画運営会社ニワンゴの取締役なども務めた。

嘘は嘘であると見抜ける人でないと(掲示板を)使うのは難しい。


僕の場合、モラル抜きに、まずどういう選択肢があって、その選択肢にどんな未来があるのかを考えてから、行動に移すんです。普通の人はモラルとかがあるから、僕のような考え方をおかしいと言うんじゃないですか?


報道のせいかわからないのですが、僕に先入観を持たれている方も少なくないのです。しかし、それは得だと考えています。悪いやつだと思われていて、会った瞬間いい人だと思われたいタイプなので。報道のすべてを信じるのは誤解が生じると思いますが、誤解をしていただくことは、ある種のメリットでもあるのです。


世界中には、いまだに飢餓というものがあります。でも、食べ物の全体の生産量というのは、世界中の人が食べようとしている量よりも多いのです。つまり飢餓というものは、単純に分配の構造の問題だったりするわけです。これと同じで、日本がいま不景気なのは、分配の構造のせいにある気がしているのです。いまの日本は、富が一極集中するような分配の仕組みであり、そのぶん生活が苦しい人が現れているだけの気がしているのです。


本当に賢い人は、妙なレッテルが貼られているものでも食わず嫌いなことはせず、自らの目で確認して理解します。逆にバカな人というのは、貼られたレッテルをそのまま信じ、その情報を鵜呑みにします。どちらのほうが得られるものがあるかは、一目瞭然だと思うのです。


エジソンの言葉に「1%のひらめきと99%の努力」というのがあります。99%の努力を代わりにしてくれる人と一緒に仕事をすれば、2人で成功できる。しゃべったことを原稿にしてくれる人もいれば、ニコニコ動画みたいにアイデアを出すとプログラムを書いてくれる人もいる。そういう人が僕の周りにいるので運がいいんです。自分一人で全部の仕事をこなせば利益は独り占めですけど、僕は基本的に、自分一人でものごとを進めたくないから、誰かと組むパターンが多いんです。


同じ赤字でも、将来的に価値のある投資をした方が、企業にとっては確実に良いことです。ニコニコ動画も赤字で苦しいですが、頑張って先を考えたうえで技術と設備にお金を使っているわけです。


天才と変人って、僕の中では同ジャンルなんですよ。よくよく両者を見てみると、天才も変人も満足することができない欠陥があるんです。「ここら辺でもういいや」と考えて、楽な方に進めるのに進まない。でも、それは「進まない」じゃなくて、「進めない」んだと思うんですよ。天才と変人の違いって、世間に認められるパフォーマンスを出した場合には天才、認められない人は変人。つまり、世間から見た評価の違いだけなんですよね。


2ちゃんねるは犯罪予告などが行われたという意味で、世の中に対する影響が大きかったのかもしれないと感じていますし、子供に影響を与える可能性もあると思います。しかし、僕は子供ができたときには「2ちゃんねるを見せない」というフィルタリングをするのではなく、「2ちゃんねるを見せても大丈夫な教育」をしたいと思っています。


2ちゃんねるは匿名発信じゃなかったら、論理的な意見は出てこないでしょうね。日本人って自分の意見を述べないし、流されて意見を言う人も多い。だから、2ちゃんねるで発言をするのは、KY(空気が読めない人)になれる瞬間ですよね。


昔からある、「飲む、打つ、買う」がいまでも残っているように、人が面白いと思うことなんて変わってなくて、その本質をいかに隠ぺいして新鮮に感じさせるかです。ネットサービスも、それを組み込めばいいんです。


僕は企画とかモノを考えることが生業だから、スーツを着て座っているだけでお金をもらえる職業ではなく、常に頭を使える状態にしていないといけない。つまり、会議で頭を使えるよう最大限の努力をすることが僕のミッション(使命)なんです。


企業が行う投資というのは、現在価値はあるけれど将来的に価値のないものへの投資と、現在価値はないけれど将来的に価値のあるものへとつながる投資の2種類に分けられます。どう考えても、後者の方が企業のためになるのですが、いまの日本の企業経営というのは将来的にあまり価値がない投資、つまり広告費や接待費にお金を使った方が、企業が得する構造にあります。


日本の多くの企業の上層部というのは、基本的に下から上へ登っていく場合がほとんど。そういう状況を見てもわかるように、もともと「経営が得意なプロのビジネスマンです」と呼べるような人は、日本にはあまりいないのが現状なのです。


論理的に考えることというのは、やろうと思えばだれでもできること。要は、そのベースとなる情報をどう手に入れるかが重要になるのです。


今後、ネットの広告費が安くなることで、無料コンテンツを作るサイトが儲からなくなったとしても、地道に無料コンテンツを作っているネット企業は、そんなに潰れないと思います。なぜなら、普通の企業がやっているように、売上の規模が下がったときは下がったなりで経営していけばいいだけの話ですから。


日本では、30万円で買える50インチの液晶テレビが流行ったとしても、世界で液晶テレビに30万円払える人なんてほとんどいません。1万円で20インチのブラウン管で十分な人の方が多いわけです。高性能な最先端機器が出回ることは、悪いことではないと思います。とはいえ、それをビジネス的な視点で見てしまうと、決していいことではなくなってしまう。製品の成長は、マーケットの成長に合わせればいいのです。


最近になりニコニコ動画のユーザーにとって、観ている動画はどうでもいいことに気付きました。ニコニコ動画には、Youtubeと違い、動画に対してコメントを書き込むシステムが導入されています。ユーザーは、この機能を使って他のユーザーと会話がしたいだけなのです。お茶の間でテレビを観ながら友達と話しているとき、テレビに映っている映像が何であろうと関係はない。ニコニコ動画の場合も、ただ会話がしたい、ただそのネタが欲しいというだけであって、動画の内容はどうでもいいことが多いのです。


とにかく、需要と供給の問題で、すべての人間が幸せな生活をしていたら、インターネットなんかで暇つぶしをする必要は別にないと思うんですよ。リアルの幸せがあるのに、インターネットに時間を使うということは、現実社会にどこか不満を感じているからじゃないんですかね。


僕は自分のことをプログラマーではなく、企画者だと考えているんです。


需要と供給のバランスがわりと重視される世界なので、そこさえ押さえておけば、この先どういった方向に行くかは結構読めると思うんですよ。


ものごとの現象は、何が正しくて、何が間違っているかではなく、相手の価値観に立ってみないと、理解できないということなのではないでしょうか。


今後インターネット技術では発明は生まれないでしょう。既存のサービスやソフトの名前を変えて出すくらいしかありません。インターネット初期から現在に至るまで、一般の人たちは薄々感づいています。


マイクロソフトは直接的なサポートを行わないのですが、販売代理店が代わりに謝るというビジネスモデルをつくりました。最終的にはB to Bでは、マイクロソフトのような形が生き残っていくのではないかと思うのです。


行政が決めたというものは、ISDNや昔のハイビジョンなど、あまりうまくいっていません。競争原理の中で育ったものを採用していく方が、有益なのではないでしょうか。経験則から、行政にものを決めさせない方がいいと思ってしまうのです。


僕自身、ミクシィはすごくいいサービスだと思っていますが、上場したことがもったいなかったという印象は拭えません。ミクシィの株価は売り出し時には60万円程度であったものが、市場では200万円以上で売買されていたこともあります。こうなると株主は200万円の価値をミクシィが生み出さなければいけないと思い込んでしまいます。その結果、ミクシィは利益を追求せざるを得ない構造になってしまい、良いサービスというものが生み出せなくなってしまうのではないでしょうか。そういった意味で、悪い方向に向かっているような気がしてなりません。


知らないものに名前を付けて、価値のあるものにしてしまおうとするのは、企業側がそれで儲かるから。わからない人が騙されてお金を取られるというのは、象牙の印鑑から羽毛布団まで、昔からあることです。最近はIT関連の言葉の方が、モノを売りつけるのに好都合なのかもしれません。


「○○をしない」と堂々と言うことは、「いつか自分は○○するよ」という意味だと、僕は考えています。「人を殴らない」という人は、いつか誰かを殴るから、その言葉を使うわけで、そもそも人を殴ることを想像していない人には、そんな言葉は思いつきません。


グーグルは、もともとほかのサイトにすればコストでしかなかった検索を、置いておくだけでお金が入るシステムにしたという発想の転換は素晴らしいとしか言いようがありません。


インターネット上のサービスは、技術を多少勉強して作り上げるか、サービスそのものを買い取ることで、運営が可能になります。その運営するサービスをどのようなものにするか、というセンスが成功の秘訣だと考えられます。


インターネットのB to Cで成功している企業は、黙っていてもお金がチャリンチャリンと入ってきます。一方、B to Bで成功するためには、営業力を高め、お客さんに頭を下げて回らないとお金が入ってこない。B to Cで成功し、お金が入ってきてしまっている企業は「どうせ、頭を下げても入ってくるのは1000円でしょ」という考え方になり、頭を下げなくなってしまうのではないでしょうか。そういった心理的なものが、大きく影響しているのではないかと思うのです。


2ちゃんねるは基本的にニッチなので、ほかがやらないところを拾い続けているだけです。だから、2ちゃんねるユーザーが高年齢であれば、内容を高年齢に合わせればいい。広告的にも、年齢層に限定されない広告を入れていけばいいわけです。


集合知が正しいと言うことが間違っていて、大衆が間違えてしまうこともある。その前提を覆さなければ、結局、集合知だと思っていたことが、実は集合愚だった、ということにもなりかねないのです。


価値のある会社であれば、株式市場に出して手放す必要はないんですよ。価値のない会社だからこそ、株式市場に出してお金にする。そういう意味では、僕は未来検索ブラジルを市場に出すつもりはないですけど。


知識が簡単に手に入るようになったから、知識がすごいと思わなくなったうえに、学者になって知識を得たいと思う人も少なくなりましたよね。


僕は人のクビは切れないです。明日から僕が食えなくなるとか、本当の危機感があればできますけど。だから、クビを切れる人はすごいと思う。


僕が人に任せることができるようになったのは、20代中盤くらい。営業の仕事で、僕以外の人が営業したら、想像していた見積もりの10倍の金額になったんですよ。そのときに、他人に任せることのメリットを感じました。でも、その契約はボッタくりだったので、すぐ切られましたけど(笑)。


僕が多少企画屋として成り立っているのは、ほかにやる人がいないからだと思うんです。僕は朝起きられないほど、ほかの能力があまりに低いから企画屋になったのですが。


知り合いに子供ができたとき、「バカに育ってほしい」と言ったんです。頭がよいと苦労が多いですから。いま、僕が考えている日本の危惧とかって、どうでもいいことじゃないですか。考えたところで何もできないし。そうであれば、美味しい食事をして、一日寝ている方が、幸せだと思うんです。


2000年問題のときも言われたと思うんですけど、職業が細分化していくと、トラブルが起きたときに、誰も解決できない状態になるじゃないですか。ものごとの仕組みを理解して、どこがトラブルの原因になっているのかを気づかない人が出る。


何かを行うことで何を犠牲にするのか、ということなのですが、毎朝9時に起き、スーツを着て出勤しなくてはならなくなってしまったら、僕は大好きなゲームができないでしょう。2ちゃんねるの管理人をすることで、大事なものが犠牲になってしまうのであれば、2ちゃんねるの管理人はしていません。そういう視点でものを見てしまう。


2ちゃんねるが大きくなっていくうえで、僕に達成感はありませんでした。もともと暇だから、面白そうだからとつくったものが2ちゃんねるであって、それ以外の動機は存在しません。2ちゃんねるであろうと、グーグルであろうと、所詮はインターネット上の何かでしかないわけです。そう考えているので野望もない。


2ちゃんねるで騙されることは多いかもしれないですが、壺を売りつけられるわけでもないし、そういう意味では健全な場所なのかもしれません。とはいえ、明らかに間違っているだろうという情報を、信じてしまう心理はちょっと理解できないかもです。


僕は2ちゃんねるのユーザーの年齢層が高くなっていることを、なんとも思っていません。目指すべき場所をどうつくるかで、株式会社だったら利益を上げようということになりますが、2ちゃんねるには使っている人が面白ければそれでいいという考えがある。何か利益を上げるのであれば「F1層と呼ばれる20代から30代の女性をターゲットにしろ」ということになると思いますが、それはやりたい企業がやればいいだけのこと。


10代、20代はモバゲーやミクシィで、30代、40代は2ちゃんねるという話も聞いたことがありますが、あり得ない話ではないと思います。やはり、ある程度年齢がいっていないと、文字を読んで面白いと感じないかもしれません。


公共性というのは、結局みんなが正しいと思うものじゃないですか。法律で規定されていないけれど、みんなが正しいと思うものが公共だとすると、みんなが間違っているときというのは、やっぱり誰も止められないわけじゃないですか。


僕、どこに行ってもだいたい悲観的なんですよね。企画会議をしていても、常に悲観的ですし。


僕はAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェイス)の公開ということ自体が所詮ビジネスだと思っているんです。ヤフーのアカウントで、ヤフーが公開した検索のAPIを利用したサービスをつくったことがあるんですけど、最初は何事もなかったのに、アクセスが多くなってくるとアカウントを止められてしまった。ヤフーがプロモーションとして、自分たちのやっていることをAPIとして公表するけど、実際に利用されて立場が脅かされそうになると相手を潰す。ビジネスとしてやっている限りは、それは当たり前のことで、所詮はその程度のことなんじゃないかと僕は思っているんです。


70年代には、宇宙に行けばきっと何かがあるはずだなどと、無限の未来に対する無限の投資がありました。しかし、アメリカは国家として巨額の投資を行ったにもかかわらず、最終的に何もないことに気づき、NASAの予算は削減された。国家として、技術に投資を行うことが減ってしまったのです。そうなると、いままでどおりの日常が、今後何十年も続いていくだけなのではないでしょうか。


いま現在、多くの方が耳にしているインターネットの進化というのは、昔からあった様々な技術を、様々な営業的サービスを駆使して見せ方を変え、売っているだけにすぎないのです。デザインがオシャレだったりするだけで、僕は、それ以外ないと思っています。なぜなら、インターネットの基礎的な技術は、すでに開発が終わってしまっているからです。


これは個人的な思い込みなのですが、インターネットの場合B to Cで成功している企業はB to Bで失敗しているということです。たとえばヤフー。日本での知名度は抜群になり、宣伝力も技術力もあるにもかかわらず、ヤフーサーバーをB to Bで使用している企業はありません。ヤフードメインも使われていないような気がします。もちろん、多少は使用されていると思いますが、宣伝効果に対しての比率で考えると、非常に効率がよくないというイメージです。


グーグルの検索システムがすごいのは、論文において引用される数が多いほど素晴らしい論文であるという100年前から学会でいわれている論理を、検索に応用できると気づいたというアイディア。つまり企画力です。そして、検索などのアルゴリズムを考えだし、ほかの会社が追いつく前にサービスを普及させたという営業力がすごいのです。本当にプログラムの技術を理解している人で、グーグルの技術力がすごいと言っている人は、少なくとも僕の周りにはいません。


Web2.0という難解なキーワードは、マイナスイオンの本質を知らないのに、マイナスイオンが流行してしまったのとそんなに変わりません。Web2.0という意味の分からない言葉が流行したことをきっかけに、大量の関連書籍が発行されました。ここまで大量の書籍が発行される理由は、Web2.0という言葉をわかっていない人が多いからでしょう。そもそも、答えがないので、わかるわけがないのです。たとえ書籍を10冊読んだとしてもWeb2.0が明確に書かれた書籍は見つからないでしょう。


最終的に2ちゃんねるは聞いたこともない国の、誰ともわからない人が運営しているという未来があるかもしれません。2ちゃんねるが消滅したとしても、なにか似たようなサービスが必ず出てくるのです。そして、そのウェブサイトにユーザーが集まるという状況になるのではないでしょうか。2ちゃんねる的なサービスは、名前や形を変えつつも残り続ける。


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