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藤沢武夫のプロフィール

藤沢武夫、ふじさわ・たけお。自動車メーカー大手のホンダCEO。本田宗一郎のビジネスパートナーとしてホンダの成長を経営面から支えた人物。技術開発は本田宗一郎が担当し、経営は藤沢武夫が受け持つという二人三脚でホンダを世界的企業へと成長させた

竹は温暖なところでは節と節の間がのんびりと伸びてしまうので、強風や雪にあうと折れやすい。しかし風雪に耐えた竹は節と節の間が狭く、がっしりと育ってたくましい。

私の経営信条は、すべてシンプルにするということです。シンプルにすれば、経営者も忙しくしないで済む。そのためには、とにかく一度決めたら、それを貫くことです。状況が変わっても、一筋の太い道を迷わず進むことです。

企業には良いことも悪いこともあるのだから、わざわいを転じて福とする、その橋を見つけ出すことが経営者の仕事なのだと思っています。

ないからつくってくれと言っているんだ。こんなもんじゃダメだよ。すぐ売れなくなっちまう。

一人で考えている理論には進歩がない。ものごとは、みんなが知恵を出し合うことによって、どんどんいいものになってゆくことが多いんです。

技術と営業とのバランスがとれていなければならない。ところが、往々にして、技術はその力を過大に思いがちになる。

良い管理は次の良い管理につながるし、アイデアはアイデアを生む。

本田はあれだけの技術者でありながら、自分から設備や機械を欲しいと言ったことがない。与えられた条件の中で可能性を見つけようとする。決して弱音を吐かない。だから、新しく金を出して買い入れたものを無駄にすることは決してありませんでした。

社長にはむしろ欠点が必要なのです。欠点があるから魅力がある。付き合っていて、自分の方が勝ちだと思ったとき、相手に親近感を持つ。理詰めの者では駄目なんです。

鈴鹿(サーキット)でみんなに言ったことは、帰りのお客さんの顔をよく見て商売しろ、ということでした。つまらなそうな顔をして帰ったら、もう二度と来ない。それが商売の鉄則だということです。

世の中には万物流転の法則があり、どんな富と権力も必ず滅びるときが来る。しかし、だからこそ本田技研が生まれてくる余地があった。だが、この万物流転の掟がある限り、大きくなったものはいずれ衰えていくことになる。

「たいまつは自分で持て」と私はしばしば言ってきました。これは、人から教わったり、本で読んだ知識ではなく、自分の味わった苦しみから生まれた実感なのです。どんなに苦しくても、たいまつは自分の手で持って進まなければいけない。これが私の根本の思想であり、また、ホンダのモットーともなりました。

前に建っている国鉄労働組合に行ってみろ。書類がこんなに重なり合っている。その隣の東京都庁に行ってみろ。机の上に書類が積んである。これは能力がないという証拠なんだ。そんなことでいいはずがない。
【覚書き|本社が東京八重洲口にあったころの発言】

貸さないところに金を借りに行くバカはいない。貸すようにさせてから借りに行くのが原則です。

ホンダほどプロジェクトの多い会社はないんじゃないでしょうか。エキスパートがたくさんいるから、何かあるときは、サッと集めることができます。それぞれの知恵を効率よく生かす組織ができているからです。

私は仕事を片付けるとき、あとでそれがガンにならないよう、多少手荒なことがあっても、将来のことを第一にいつも考えていました。

私は最近、自分がいまの時代に遅れているんじゃないかと、寂しく思うときがあります。遅れているとしても、それはもう、どうしようもない遅れなんですね。だから、私より歳をとっている人は、余計そう感じてもいいと思います。

正直なところ、この本(本田宗一郎著『得手に帆あげて』)を私は出してもらいたくなかった。この本はベストセラーになりました。世間に拍手され、ジャーナリズムの取材が殺到すれば、本田だって自分はこれでいいんだと思ってしまう。そうではない、もっとこういうものが必要なんだということを彼に言いにくくなる。極端にいえば、そういう意見を言うことが焼きもちを焼いているようにとられることも、本田技研の成長のためには思わしくない。

人間の能力というものは、いろいろあって誰しもオールマイティというわけでなく、それぞれ得意とするものを持っている。だから、社長は社長で、その得意とするものに全力をあげてもらって、あとのことは心配をかけないように、みんなで分担するのです。

株にだって手を出せないわけではないんですが、私はやりません。自分の身の回りはいつもきれいにしている。だから、みんながついてきてくれる。つまり、私が何を言っても安心していられるのは、私の身のきれいさ――それは金の問題に関してですが――それが重要なポイントです。そうすれば、私が苦しむときに、みんなも苦しんでくれるといえます。

私は人間を判断するときには、その人の家庭を見るようになりました。人と人との間を結びつける条件はまず信頼であり、いたわり合いであると思います。その基本は家庭にあるんですね。だから、家庭を大事にしない人、奥さんを大切にしない男は駄目です。

金を持っている人は、その金をもっと増やしたいとか、権力を得たいとか、そういう欲があるでしょうが、私は何しろ仕事がしたかった。自分の持っている才能の限界を知りたいというのが私の夢だった。
【覚書き|本田宗一郎の夢に賛同し人生をかけたことについて語った言葉】

私は戦前から、誰かをとっつかまえて、一緒に組んで自分の思い通りの人生をやってみたいと思っていました。その場合には、私はお金をつくってものを売る。そしてその金は相手の希望しないことには一切使わない。なぜなら、その人を面白くさせなければ仕事はできないに決まっているからです。

私は手帳とかノートを手にしたことがありません。だから、ほとんど記憶に頼っているわけですが、といっても、私の記憶力が優れているわけではない。苦しみ抜いたこと、考え抜いた挙句のあれこれが、頭の中にこびりついて残っているだけなんです。

初代の経営者の役割のひとつは、後継者に経営の元本をしっかりと受け渡すことです。二代目、三代目の経営者は、もちろん優秀な人材であることは間違いない。しかし、彼らが仕事をしやすいように、経営の縦糸を壊さずに伝えるということは、創業者の務めなんです。次代の人が経営しやすいように配慮しなければならないのです。

採算に合うか合わないかということより、一番大切なことは、自分たちは何をしてきたかということ。金なんてものはいつかなくなる。

他社がどんどん儲けているときでも、ホンダは便乗しないから儲かりません。その代わり、本物をあくまでも追求するということで、よその経営者と違って、本田宗一郎は、自分の納得できるものだけを求めたのです。

ホンダにコンピューターを入れたのは、日本の自動車会社の中で一番遅かったんじゃないかと思います。なぜかというと、自分たちの能力がまだ未熟のうちにコンピューターを入れてしまうと、人間がコンピューターを頼りにしてしまうからです。コンピューターに何を入力すればいいのかもわからないうちに買ってしまうとそうなります。

対策を考えることと、それを解決することと、どちらがレベルが上かといえば、それは考えることの方が上です。その思想に基づいて、解決策が生まれてくるんです。

禍を福に転ずることができるかどうかは、経営者が仕事の根本にかえって問題を考えるかどうか、そして大胆に行動しうるかどうかにかかっていると思います。

商売というのは、あるときに急に売れ始めてみたり、突然売れなくなってみたりすることがあります。しかし、それにしても何らかの原因があるに違いない。考えあぐねた末に、ハッと気が付いた。我々は自分でいいと思ったことを、お客様に押し付けすぎていたのではなかろうか。

私は思うのですが、輸出をするからには、やはり国内がしっかりしていないといけません。もし不安が残るままに輸出に手をつけたら、あんなに金を注ぎ込むこともできなかったし、現地も動揺して、その後の成功は望めなかったでしょう。

苦労しても、流通のパイプは自分でつくらなければいけません。一度つくってしまえば、それは自分のものですが、他人のパイプに便乗すれば、それがいっぱいになったときには、たちまち弾き出されてしまう。

金を使うようなことばかり私は言い出すんですよ。そうすると、みんなはその趣旨に十分叶うようにしながら少ない金で済むように考えてくれる。金を使おうという提案は、従業員の方からはなかなか出しにくいものです。

流通の管が細ければ、問屋の方は儲かります。品不足という状況ならば、販売の方は努力しなくても金が入ってくる。ところが、それではメーカーは飛躍できません。売る努力をさせなければいけない。そのためには、ルートをたくさんつくって、競争原理を導入しなければならない。そうしない限り、どんな大きな夢を持ち、それが実現しかけても、流通の管がネックになってしまう。

経営・ビジネス・投資・仕事・お金・経済的な分野で成功を収めた人たちの名言を収録しています。

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