松下幸之助の名言 一覧

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松下幸之助のプロフィール

松下幸之助、まつした・こうのすけ。日本の経営者。「松下電器産業(のちのパナソニック)」創業者。9歳の時に父が米相場で破産したため尋常小学校を4年で中退し丁稚奉公に出る。16歳で大阪電燈(現:関西電力)に入社し7年間勤務。在職中に電球ソケットを考案した。その後同社を退社し独立。水道哲学、ダム式経営など独特な経営哲学で同社を日本屈指のグループ企業へと育て上げた。松下政経塾、PHP研究所の設立者でもある。

結局、部下が僕に対して「安心感」を持つかどうかということでしょう。社員が僕に対して怖い社長だと思うか、偉い社長と思うか、いろいろあります。問題はそこだと思います。


少なくとも、威圧とか権力とか、そういうもんで人を使ったりすることは最上ではないと思いますね。それは上ではなく中ぐらいの経営者ですね。怖さを感じさせるということではいけないですよ。怖さというものは一面では必要だけれど、怖さだけでは人はついてこんですよ。やはり、何でもものが言える人、そしてある程度理解できる人、全部理解できんでも、ある程度理解できる、そういう感じの主人の方が仕えやすい。


63%も外資企業に持っていかれとるやないか。日本が占領されてるということやで。電熱器事業部だけ、松下電器だけの問題やない。きみはそんなことで日本人と言えるのか!
【覚え書き|1970年代後半、コーヒーメーカーのシェアについて語った言葉。その後、松下電器は半年で新機種を開発し、業界一位のシェアを獲得した】


きみらは大学を出て、いろんなことをやりたいと思って松下に入ってきただろう。だけどな、わしの考えでは、まず第一期は習わなくちゃいかん。やりたいこともあるだろうけれども、とことん学ぶことから始めようじゃないか。
【覚え書き|大卒新入社員への言葉】


仕事を任せてみたところ、その人の欠点が出るということもあります。その欠点については、やはり経営者が直してやるようにしなければならないと思います。直しても直らないようであれば、その人を替えるというところまでやらなければなりません。これはいいかえますと、“任せて任せず”ということになると思います。


「好きこそものの上手なれ」という言葉がありますが、人に仕事を任せるという場合、原則としては、こういう仕事をやりたいと思っている人にその仕事を任せる、ということがいいのではないかと思います。


経営というものは教えられないものです。経営学は教えられますよ。経営学というものは、経営学者に教えてもらったら、ある程度わかります。しかし生きた経営というものは、教えられないです。これはもうその人が、自分で体得するものです。


自分でいろいろ考えてみて、人にも聞き自分も考えてみて、そして自ら悟るものを持たないといけません。経営というようなものは教えられないものです。


経営のコツはね、教えて悟れるものやないんですよ。私は経営者は自得するもんやと思うな。自得するためには、あるいは人の教えを聞くとか、あるいは自分で体験してみるということは必要ですよ。しかし、これは教えられるもんやないんですよ。これはもう自得せなしょうがないですな。


サービスでも何でも、真心から出るものでないといかん。ひとつの手段としてやるということは、やっぱり響きが鈍ると思うんですね、何ごとにもよらず。


信用は築こうと思っても築けるものではない。その人が誠実にその商売なり、自分の務めというものを大事にしていくということが積み重なって、自然に信用が生まれる。


経営者としての大きな任務の一つは、社員に夢をもたせるというか、目標を示すということであり、それができないのであれば経営者としては失格である。


よく人から「あんたの趣味は何ですか」と聞かれるが、私は「私には趣味はないですな。まあ、しいていえば、夢が趣味ということになりますかな」と、答えることにしている。


各人それぞれにさまざまな知恵や力など限りない可能性を秘めている。そのことにお互いが気づいて、個々に、あるいは協力してその可能性を磨いていくならば、人間本来のもつ特質、よさが光り輝くようになってきます。そこに世の中の繁栄も、平和も、人間の幸福も実現されてくると思うのです。


大事なのは、思い切って仕事を任せ、自分の責任と権限において自主性をもった仕事ができるようにしていくことである。人を育てるというのは、結局、経営の分かる人、どんな小さな仕事でも経営的な感覚をもってできる人を育てることである。


結局人間というのは、自覚を持ち、責任を感じれば、一見ムリと思えるような難しい仕事でもなしとげる力をもっているものだと思う。もちろん向き不向きということはあろうし、またそれなりの訓練といったものが必要なことも当然だが、そういうものが適切なら、あとはその場を与えさえすれば十分な力を発揮するものである。


任せた以上あまり細かな口出しはしないし、ある程度は大目に見るということですけど、脱線してしまうというようなときには、これははっきりと注意せんならん。そうでないと、これは無責任ということですわ。脱線しないように介添えするということが「任せて任せず」ということですよ。


「任せて任せず」ということは、文字通り「任せた」のであって「放り出した」のではないということです。経営の最高責任者というものは、どんな場合でも、最後の責任は自分のところにあるという自覚をせんといかんものです。そういう自覚に立っているからこそ、「任せて」はいるけれど、絶えず頭の中で気になっている。自分は責任をもたないといかんということで腹をくくっている。そうなると、どういうふうにやっているかということがいつも気になる。これが本当ですわな。


いかに学問、知識に優れ、人格的に一点も非の打ちどころのない人であっても、経営者として成功するかというと、必ずしもそうとは限りません。成功するためには、やはりそれに加うるに経営のコツというものをつかんでいなければならないと思います。


ぼく自身は、小企業も中企業も大企業も経営の経験があるわけですけれど、主人公の率先垂範がまず第一ということは、まったく企業の大小を問わず、共通にいえることです。


一心不乱でやる、そうするとまわりもただ見てばかりはいないものです。一心不乱という本当に真剣な姿を見ていると、そこには必ず何か教えられるものが出てくる。まわりの人々は、いちいち言わんでも、手伝うし、働く。


従業員が5人か6人ぐらいの小さな規模のときには、やることは単純なんです。こうしたらいいということを、身をもって示すことです。誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで働く。やはり、オヤジさん自身が身をもって示すしかない。それが第一です。


「この仕事は自分一人ではできない。知識も要る。技術も要る。そういうものはみな部下がもっている。その人たちが動いてくれて、初めて仕事ができるのだ」というような心持ち、そしてまた部下の人たちが仕事をしてくれることへの深い感謝と慰労の気持ち、そういうものが根底になくてはならないと思うのです。


少しうまくいきますと、それでいいということになる。新しいことを求める熱意が欠けてくるというようなきらいが人間の一面にありますから、これは無理からんことだと思いますけども、産業とかこういう仕事に携わっておる者は、常に新しいものを呼び起こして、呼び出して、そしてそれに取り組んでいかなならんという感じがします。


我々の身辺に、今日はこれが最善と思っておったことでも、考え方によれば、これはまだ最善でないんだと、まだほかに道があるかもしれないと、こういうふうに考えれば、道は無限にやっぱりある。


人間の能力というものは、いつも固定したものではないと思います。その人がおかれた場所場所によって、10の能力の人が20の働きをしてみたり、20の力がある人が10の働きしかしなかったり、ということがあり得るものです。ですから、人の配置というか、もっていき方というものが非常に大事だと思います。


人間というものは、気分が大事です。気分がくさっていると、立派な知恵才覚を持っている人でも、それを十分に生かせません。しかし気分が非常にいいと、今まで気づかなかったことも考えつき、だんだんと活動力が増してきます。


何事も行き詰まれば、まず、自分のものの見方を変えることである。案外、人は無意識の中にも一つの見方に執して、他の見方のあることを忘れがちである。


一方は「これで十分だ」と考えるが、もう一方は「まだ足りないかもしれない」と考える。そうしたいわば紙一枚の差が、大きな成果の違いを生む。


うちの工場ではみんな品質管理を勉強して、いいものをつくるために頑張ってくれているけれども、品質管理の前にもっと大事なことがある。それは人質管理だ。


自分は家が貧しかったため、早くから社会に出て、人様以上に世間というものを経験した。また、小学校しか出ていないから学問に遠く、世間の人々がみんな偉く見えた。だから世間の皆さんの話なり行動なりを素直に学ぶことができた。


いい人ばかり集めようとし、ちょっとでも変なのがいるとこれはかなわんと悩むのは虫が良すぎる。少々のことは飲み込んで大胆に構えて行かんことには人など使えるものではない。人を使うというときには、どうしても粒よりばかりというわけにはいかんのです。


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