川村隆の名言 一覧

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川村隆のプロフィール

川村隆、かわむら・たかし。日本の経営者。「日立製作所」社長・会長。北海道出身。東京大学工学部電気工学科卒業後、日立製作所に入社。電力事業部火力技術本部長、日立工場長、取締役、常務、副社長、子会社の日立ソフトウェアエンジニアリング会長、同子会社日立マクセル会長などを歴任したのち、日立本社の会長兼社長に就任。世界金融危機によって7873億円という巨額な赤字を計上した同社を2年でV字回復させた。そのほか経団連副会長を務めた。

69歳で社長になったら、「何を血迷っているのか」とマスコミの皆さんにいっぱい書かれた。ソニーは外国人社長。若い人を社長にしている会社もある。年寄りの日本人男性を社長にするとはいったい何を考えているのか、と袋だたきです。でも、改革への抵抗を押し切るために年寄りを社長にしたわけ。グループ会社の社長で僕より年長の者はもう数人しかいなかった。


僕は本社から外れていたからよくはわからないが、本社に戻ってきたら、社員たちから「沈む巨艦と言われています。たいへん悔しいことに私たちはそれに慣れてしまいました」ってメールが来た。「慣れてしまった」に惜然とした。絶対に立て直さないといけないと思った。


現在、日立は金融機関を除くと世界で売上高は38位、利益だと110位台で全然うれしくはない。利益で50位が当面の目標です。売上は日本の雇用拡大とい意味では非常に大事だが、いくら規模が大きくても簡単に倒産する。グローバルで競争力を持った企業になるためには、利益をちゃんと出して次への投資や研究開発ができることが一番大事だ。


日立グループは中国で相当規模のビジネスを展開しているし、私自身はすぐ何かが起こるとは思っていない。それでも様々なリスク対策は検討しています。少なくとも、どのくらいまで成長率が下がると社会的不満が高まるかという点は、注視しておいた方がよさそうですね。


会社というのは本来、機能共同体であるべきなんですが、日本の場合、村落共同体のまま来てしまった。その背景には日本の教育の在り方や社会全体の習慣もあって、切り替えは一筋縄ではいきません。


企業が何のために世にあるかと言えば、付加価値を社会に還元していくためです。企業が稼ぐことで、従業員の給料として、税金として、株式配当として、世の中へ豊かさが広がっていく。


今は、経営の透明性が高くなり説明責任も増えた結果、社長の考えや行動が下にすぐ伝わります。言っていたことをやらなかったり、やっても効果が出なければ、組織からの信認は得られません。逆に、実績を出していれば、改革を進めても抵抗勢力はあまり出てこない。


社長の役割は戦略を立て、実行し、抵抗勢力が出てきたら説得する、の繰り返しだ。自分たちの組織や会社をどんな形にしたいのか。ビジョンを描き、冷静沈着にやり切ることが大切だ。


製品というものには必ず寿命があり、その寿命の中で最も光輝く「山」があります。寿命の短い製品と長い製品の差はありますが、どちらでも必ず山がある。本当は、山の頂上をちょっと越えたなというぐらいのところでその製品を閉じることを考え始めるのが一番いいのです。


英国の軍艦の興味深い話があります。軍艦をそのまま放っておくと、毎年1インチ(2.54cm)ずつ喫水が下がり、船の航行速度が落ちて、最後には使い物にならなくなるそうです。錆びて浸水したり、貝殻が付着したりというようなことではなく、艦の重量が毎年少しずつ増えてくるのが原因です。なぜかというと、乗組員が勤務に慣れてくるに従って、自分のベッドや個室に本などの私物を持ち込み、それが全体ではバカにならない重量になるというのです。従って英海軍では私物の持ち込みについて厳重な規定を設け、検査しているそうです。


特に日本人は、傾向として現状維持が好きです。現状で何とかできているものを変えようというのは、よほどのことがないとやらないでしょう。今までのやり方を続けて何が悪いんだ、という人ばかりです。大きなショックがあって、受注がぐんと落ち込んだ時に初めて愕然とするわけです。居心地がいいと思っていたら、知らないうちにゆだってしまい、気がついたら動けなくなっている。


社長とはある種の役割でしかないのです。「社長機関説」と言いましょうか。社長とは憧れるものでも、畏怖するものでも、嫉妬するものでも、そのイスを奪い合うものでもない、ただの機関なんです。カリスマ性も必要ありません。


私自身は、電力システムの事業を担当している頃、世界各地でGEやシーメンスなどと競争し、彼らの強さを肌で感じていました。後任の中西宏明社長も米国でハードディスクドライブ事業の経営を担い、世界ナンバー1やナンバー2の競合たちとぶつかり合っていましたから、私同様に、自分たちがいかに世界レベルの強さを身につけるかという点に強い思いを持っています。ところが国内が主戦場である事業部門の人たちと話をしていると、なかなかそういう話題にならない。しかし、日本の市場はだんだん縮小していくわけで、この後世界でいろいろなことをやっていかなければ、きっと負ける。それこそが日立の今後の改革の重要な眼目なのです。


2010年からは「Hitachi IR Day」という事業別投資家説明会を始めました。カンパニーのトップが対外的にも業績を説明するようにさせたのです。それぞれが株主や投資家に説明をし、来年は売上高をここまで伸ばします。設備投資をこの水準までやる代わりに利益はここまで確保します。何から何まで全部説明しなければならない仕組みを作りました。各カンパニーの社長は目の色が変わったようになりました。だって、自分が今年約束したことが、来年投資家からフォローアップされるんですから。これまでは「日立の社長」に責任転嫁すればよかったのが、自分がさらされることになったわけです。


日本の中にいると、自分たちが世界レベルに届いていないということが、実感としてわきにくいんですね。業績が良くなっているように見えているけれども、自分と比べているだけじゃないか、と。過去と現在を比べて、くすぐられているだけなのです。


日立製作所は日本の電機業界では「勝ち組」と言われていますが、世界のコンペティター(競争相手)から見れば時価総額はとても低いレベルなのです。米ゼネラル・エレクトリック(GE)や米IBMは20兆円以上。独シーメンスも横ばいとはいえ10兆円弱。日立は3兆円あるかないかです。狭い日本の中で、少し復活したといって喜んでいる場合じゃないんですよ。世界レベルに全然届いていない。もっと、がっと上げなきゃいけないのです。


社長より年上の人がたくさんいたって構わないんです。よく米国人に同僚を紹介する時に、彼は私より4年入社年次が早い先輩だなんて、言うでしょう。彼らはそれがどうした、という顔をします。年功序列の意味が分からないんですね。


当社は年間1000人の若い社員を最長3ヶ月海外経験をさせるプログラムを行っています。「日立のような規模の会社だから1000人も出せるんだ」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。でもそうではない。大事なことは人数や規模ではなく、「会社は本気だ」と思わせることなのです。世界にいろんな人がいて、彼らと一緒に仕事していくのだな、という覚悟を出させるために出しているのです。


昨年12月の取締役会はインドで行いました。インドはまだ年間売上高が約1000億円程度。それを2015年までに3000億円にしようとしています。現地で取締役会をやったところで商売拡大にすぐ効果があるわけではありませんが、社内には「会社はインドに本気なんだ」と、社外には「インドに注目しています」とアピールする手段になります。取締役会は、広告塔の役割も果たさなければなりません。今年は欧米のどこかで開催しようと計画中です。


人材のグローバル化、つまりダイバーシティー(多様性)について、私が最初に取り組んだのが取締役会改革です。取締役会メンバー13人のうち、社外取締役を4人から7人に増やし、外国人も2人増やして3人にしました。そうした結果、率先垂範、象徴的変革というだけでなく、実質的な変革も起こったのです。質の違うもの同士がぶつかることで変革が起こる――。ダイバーシティーについてよく教科書に書かれていますが、なるほどこれが実際に起きることか、と私自身が納得したくらいです。


2011年度から、年間1000人の若い社員を最長3カ月、海外経験させるプログラムをスタートさせました。対象は日立本体とグループ会社の従業員。日立の中枢ですが、日本人だけで凝り固まってきた部分です。四の五の言わず、とりあえず海外に出てこい、という趣旨です。20代後半から30代前半の総合職で主任とか技師のクラスの若手が対象となります。現地でのミッションは約90のコースがあります。海外現地法人で実際の業務に当たったり、特定のプロジェクトに投入されるほか、業務外で語学学校に通ったり、ボランティアに参加するなど様々です。


日立は2009年3月期に7873億円の連結最終赤字を計上し、経営危機に瀕しました。不幸中の幸いですが、それによってゆでガエル状態だった社員に危機感が植えつけられました。今度はそれを、どうやってグローバル化へ意識づけさせるか、です。


取締役会の強化は、事業面でも緊張感を生みます。社外取締役からは、「何でこんな低い利益率で喜んでいるのか」「アフリカ市場を開拓するための準備はできているのか」など、社内の人からは飛んでこないような厳しい質問が出て議論が盛り上がります。


20~30人程度の社員を集めた対話集会を頻繁に開催し、経営層が直接、社員に考え方を伝えて議論する場を設けています。企業がまず利益を上げないと、社会への付加価値還元はできません。貪欲に稼ごうとするマインドは、利益率向上に何より重要であることを、こうした場を使い認識してもらっています。


経営トップが変革を恐れるようになった場合に歯止めをかける仕組みとして、取締役会がうまく機能するようにしました。具体的には、社外取締役を7人に増やし、社内取締役を5人にしました。これは、仮に社長が無能だった場合、社外取締役の意見が「変えた方がいい」と一致して多数決を取れば、社長を交代させることができるようにするためです。


これまでの痛みを伴う改革は、リーマンショックで巨額の最終赤字に転落した非常事態に、全社員で危機感を共有できたからだと考えています。問題はこれからです。今後は、危機でなくても日常的に変革し続けられるような企業体質にしていかないと、グローバルでは弱小のままになる。


変化は、ある日突然起こるのではなく、ゆっくりゆっくり時間をかけて進むものだ。その影響もじわじわ現れてくるので、重大な変化が起こっていると気づきにくい。


村落共同体から脱するには、職場の上長に外国人が来るのが一番いい。例えば米スリーエムは興味深い。米国籍企業なのに執行役以上にはスウェーデン人や韓国人なんかがいて、米国人は少数派でしかない。非常に良い形態だと思う。日立も本社は日本に残すだろうが、会社に多様な人材が入ってくるようにすべきだ。


会社は機能体でなければならない。機能体のトップは老化した事業を見極めて迅速に畳み、そこで人材と金を作って成長分野に振り向けるのが役目。平均値を追い求めているようではできない。


結局、日本企業の多くは村落共同体なんだよ。村落共同体は村長がみんなの意見を聞いて、真ん中を落としどころにする。先人が築いた事業だから様子を見ようとか、畳むにしても一部にとどめようとかする。


経営再建にあたり、中西(宏明)君と「日立のコアコンピタンスは何か」なんて話を何度もしたよ。うちの筋肉や骨は社会インフラ事業である。でも筋肉や骨だけじゃだめで、脳神経系が必要。つまり情報通信システムは不可欠。一方、テレビなどのデジタル機器は、うちが本当に得意とする領域ではないと結論付けた。


既存の事業にいつも目をこらして、赤字のゾンビ事業になりそうならすぐ撤退して、伸びる事業に軸足を移すということを日々やっていかなければいけない。


「何も変えずに今まで通りに仕事をやっていれば、うまくいく」という考えでビジネスをしていたのが昔の日立。最高益で安心していたら、すぐ昔に戻ってしまうかもしれない。


海外の経営者は「東洋思想の神髄は?」「禅とはどういう考え方だ?」などと聞いてくる。海外の経営者は本当に教養が豊かです。海外の連中と丁々発止やるために、日本人ももっと教養を身につけるべきだと思います。


読書し、それをベースに自分で考えないと仕事に幅が出ません。我々は専門分野という縦穴を掘り下げているわけですが、それに横棒を足してT字になるようにする必要があると思います。


OJTでカバーできる範囲は限定的です。視野が狭い。だからやばり最後は本を読まないとだめなんですよ。読書で知識を得て、それをベースに自分で考える。


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