孫正義の名言 一覧

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孫正義のプロフィール

孫正義、そん・まさよし。日本の経営者。ソフトバンクグループ創業者。佐賀県出身。カリフォルニア大学バークレー校経済学部卒業。大学在学中にゲーム輸入事業を行う。大学卒業後、日本でソフトバンクの前身であるユニソン・ワールドを設立。ソフトウェア卸業で成功を収める。その後、インターネットプロバイダ事業、携帯電話事業などに進出した。

役員会や社内会議でよくありがちなのは、肩書が上の人の意見が通ってしまうことです。ある意見に対して、正しい、間違っているという判断ではなく、「これは社長の意見だから、あれは部長が言ったことだから」と通してしまうと、誰も意見を言わなくなる。


私の場合、4年に一度くらい困難な事態にぶちあたり、そうするとメディアからボコボコに叩かれる。最近は、民主主義社会にはメディアという社会的システムがあるのだと納得することにしたんです。メディアが間違いを犯そうとする個人や会社に対して警鐘を鳴らすのは社会的システムなんです。自分が叩かれるのはつらいけれど、もし、そうしたシステムがないと社会が大きな危機を迎えてしまう。非難に対しては自分自身が強くなっていくしかない。


会社に新しい血を注ぐことで、チャンスや可能性が広がる。


どんな高級な料理でも、飽きてしまっては食欲がわかないものだ。


20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低でも1000億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ。(覚書き|19歳米国留学中に人生の目標を簡潔に表現した言葉。)


やみくもに攻める前に、全体をとらえるべきです。まずはじめに、どこで世界一になるのかの方向性を定めなければいけません。どの分野で事業をするかで、将来の半分は決まります。ナンバーワンと組むことに成功すれば、黙っていても全てがうまくいきます。


突然変異が進化を生みます。他の種族と交わることが突然変異の要因になるので、自己進化を促す為に、無理にでも異業種と混交する必要があります。


怒るのは自分の知恵の足りなさを認めるようなものです。うまくいかなくても、やったことは全部、将来の自分のプラスになります。価値に徹することができるのは、勝利以上に大きな志と理念があるからです。


知恵で勝負することが重要なのです。慣習・形式・権威にとらわれないでチャレンジするそれがベンチャースビリッツです。事業の成功は、精一杯チャレンジを続けていれば後は確率論の問題です。失敗を恐れずに、様々な手段を次々に試していれば、必ずどこかで当ります。卵は数を生まないと、試練に耐える鮭は生まれてこないわけです。


近くを見るから船酔いするんです。100キロ先を見てれば景色は絶対にぶれない。ビジョンがあれば、少々の嵐にもへこたれません。苦しいときこそ、船と仲間を命がけで守れる人でなければ、大将になってはいかんのです。試練なんて黙っていてもやってくるものなんです。


組む以上はナンバーワンのところと最初からがっちり組む。これが僕の主義です。そのために全ての精力をつぎ込む。ナンバーワンのところと組むことに成功すれば、あとは黙ってもすべてがうまくいく。そういうものです。
【覚書き|上記発言はソフトバンク設立時からの提携ポリシーより。創業したてのソフトバンクが一番初めに取り組んだのは、日本一のソフト販売店と日本一のソフト開発会社に営業をかけること。創業まもない無名企業が日本一の会社と取引を得ることで、それより下位の業者と一気に契約にこぎつけることに成功した】


脳みそが千切れるほど考え、全力投球したときには不可能なことは非常に少ない。他の人間にできることならば、同じ人間である僕にできないはずはない。僕はそう思うんです。他の人間ができるのに、同じ人間の一人である僕にはできないとか、できないと思わなければいけないとか、そう思うことのほうが不自然じゃないですか。絶対におかしい。(孫正義、そんまさよし、ソフトバンクグループ社長、日本のIT起業家)


僕は21世紀とは、物質的豊かさ以上に知的豊かさを求める時代だと思っています。それによって人々はより幸せになれると信じています。(孫正義、そんまさよし、ソフトバンクグループ社長、日本のIT起業家)


お金には色があるというのが僕の持論です。知的生産物は利益率が高くてお金の色が濃い。(知的生産物の)輸出総額を100とすると、利益は40から50に達します。逆に日本から輸出している製造業のハードでは総額を100とすると利益は3から5程度です。お金の色が薄いのです。


アメリカは知恵を働かせてお金をごっそり残し、製造業中心の国は働けども働けども楽にならずお金が残らない。日本は今、製造業に徹している国と、知恵に徹している国、どちらへ行くべきなのか迷っているのです。


戦国武将の織田信長は僕の心のヒーローです。堺という貿易の要衝を押さえ、楽市楽座を実施して税の流れをおさえたため、武将と言うよりも商人と見る人もいます。その点に信長のすごさがあると感じています。志を抱いて戦いを勝ち抜こうとするなら、武将の部分も商人の部分も車の両輪として必要なのは当然です


お金をかけて何かを独占するというとイコール悪だと思う人もいますが、必ずしもそうではない。マイクロソフトがあれだけ独占的にパソコンのソフトを押さえていますが、それが単純に悪でしょうか?ビルゲイツがあれだけの労力と思い入れでやっているからこそ、パソコンがどんどん伸びているという見方もできると僕は思います。


(リーダーが持つべき3つのポイント「理念、ビジョン、戦略」)この3つを持っていないリーダーにはついていくべきでない。これが僕が日本の学生諸君だとか、サラリーマンの人たちに言いたいことです。もちろん政治家でも、経営者でも同じです。


ソフトバンクはたまたまパソコンソフトの流通で始まりましたけれど、僕はトラックで配送するパソコンソフトの流通だけを本業にしようと思ったことは、創業以来1日たりともありません。(孫正義、そんまさよし、日本のIT起業家、ソフトバンクグループ社長)


インターネット関連の事業を始めるには自動車会社や電機メーカーを作るのとは違って、土地やたくさんの従業員や多額の資本金などは必要ない。知恵と情熱さえあればよいのです。事実、ヤフーは二人の学生がはじめたものだし、ジオシティーズもアマゾンもイーベイも創業者は元サラリーマンです。


僕は、本業がM&Aなのではありません。ただ戦いにたとえれば、ある会社と無理に戦って勝ったとしても、多くの血を流しては上策とは言えないわけです。外航船で陣地を広げるやり方があってもいい。刃を交えて勝つのは中くらいの策でしょう。まして戦って負けるのでは話にならない。


日本特有の慣行ややり方は従業員が生活に困らなければいいというものではないでしょうか。経営者はただ自分が財産を稼げればいいという考え方です。これではいけないんじゃないか、そろそろ目を覚ますべきだと思います。


負ける戦いはしない。負けるだろうという戦いはもちろん、負けるかもしれないとか、苦戦するだろうという戦いは最初からしないことです。ですから、実際の事業が始まって営業を開始するときには、全体構想の9割は終わっていないといけないんです。


ソフトバンクは世界のデジタル情報革命に遅れないよう、それどころかトップに立とうと猛スピードで走っている車の一台かもしれません。しかしそれは多くの人からは暴走族に見える。とくに信号待ちをしている人から見ると、危なっかしくてしょうがないと見えるようです。


よく社長就任のあいさつのときに感想はと聞かれると、日本の社長は「いや、思いがけずしてなりまして」ということが多いですよね。「思いがけずして」などという人は社長になってはいけない。社員は迷惑する。お客さんも迷惑する。もちろん、謙遜で言われているということはわかりますが、謙遜にも限度があるだろうと思うのです。


本当にリーダーシップを発揮しようと思えば、重要な順に三つ、僕が思っていることがあります。一番最初に重要なのが理念と志。二番目に重要なのがビジョンです。そして三番目が戦略です。これがリーダーシップを発揮していく人、事業を興す人が持つべき重要順の3つのポイントだと思っています。


それぞれの分野についてのナンバーワン企業の集合体でありたいと思っていますから、万年ナンバーツーに落ちたらその会社とはさよならです。そういう感覚でグループ内の5%くらいの会社は常に入れ替えたいと思っています。


M&Aというと日本ではいかがわしいマネーゲームを連想する人がまだ多いと思いますがそうではありません。日本のM&Aのイメージは創業者が経営に失敗して手放すという負け犬か、業績が伸びている会社に対する敵対的M&A、乗っ取りです。アメリカにはその種の負のイメージはなくて会社は生き物であるという意識が強いのです。健全に継続して育てていかなければいけないという


たとえばこれから宝島に行きます。その島で宝を掘り当てて一発当てたいと思っている時に何が一番欲しいか。僕なら地図とコンパスだけでいい。宝が隠されているところを記した地図とコンパスさえあれば三日とかからず宝を見つけて飢え死にする前に掘り当ててさっさと逃げます。情報の価値は万金に値する


ジフ・デービスの買収では1冊200ページ以上のファイルで100冊ほど、2万ページのデータをもとにコンピュータを使ってシミュレーションをしました。買収するかしないか、いくらで買えば利益が上がって返済できるか、こちらの利益にどれだけ影響を与えるかなどを分析したのです。


ソフトバンクが何をしようとしているかというと「ネット財閥」というのを考えているんです。明治維新のころに日本は農耕社会から工業社会へ変わりました。このとき新しい時代がそれまでと何が違ってどういう方向に行くのかを一番理解していた岩崎弥太郎や渋沢栄一といった人たちによって財閥が生まれたのです。僕は財閥が日本の近代化に果たした役割、産業界に果たした役割はものすごく大きいと思っています。


チャレンジしようというスピリットが大事なんだと思うんです。日本全体が変わっていかなきゃならないんです。ただじっと待つんじゃなくて、みんなが行動を起こさなきゃならない。(孫正義、そんまさよし、ソフトバンクグループ社長)


(アメリカのM&Aのイメージでは)「血族に事業のリーダーを引き継がせてもその後継者に能力とやる気がなければ本人も従業員もみんなが不幸になってしまう。それなら意欲に燃える経営能力の高い別企業に任せた方がいい」という考え方です。


財閥がどういう形で発展していったかを僕なりに調べたら、最初に海運業で人と物のトラフィックを確保した。新しい蒸気機関、汽船という新しいテクノロジーを使って、人と物のトラフィックを一気に大量に提供した。次に金融のトラフィックを提供した。つまり金融業、銀行や保険などその他さまざまな金融機関の機能を提供して拡大していった。


日本の企業には洗いざらい情報を出すことを躊躇する会社もあるようですが、そういう会社は上場すべきではないんです。それならばプライベートカンパニーにしていればいいわけです。上場して多くの方から投資を仰ぐということは投資をしてくれる人に対して情報を開示するというのが当然のルールです。


株式市場の仕組みを知っていたわけではないんです。志はあってもお金はなかった。ではどうすればいいかを模索し、専門家を雇ってさまざまにアドバイスをもらい、そのやり方が理解できたのでゴーサインを出したのです(大規模なM&Aをはじめた頃の状況について語った言葉)


僕は戦略としては、自らがそういうプレーヤー(ソフト開発事業者)になるというよりは、インフラを押さえたいと。利は薄いかもしれないけれども、そのほうが浅く、広く、長くやっていける。しかも、圧倒的地位になれば、業界の成長にほぼ正比例して伸びていける。こういうことを思ったわけです。だから戦略を社名にまでコミットして、”ソフト何とかテクノロジー”とかじゃなくて「ソフトバンク」とつけたんです。途中で気持ちが揺れないように。


相手に得をさせれば、私を味方だと思ってくれる。そうすれば、その後の話がまとまりやすくなり、私も得をする。
【覚書き|上記はソフトバンクがある合併事業を解消した時に、赤字を全て自社負担にしてきたことについてのコメント】


世の中に対しても、メーカーに対しても、「あいつは裏切る男だ」と、そういうレッテルを貼られるようなことは、絶対にしてはいけない。情報インフラの提供者としての地位を築くためには、どんなに苦しくても、われわれは中立なんだという立場をつねに取り続けなければいけない。最初から中立でなければ。


組む(提携する)以上はナンバーワンのところと最初からがっちり組む。これが僕の主義です。そのために全ての精力をつぎ込む。ナンバーワンのところと組むことに成功すれば、あとは黙ってもすべてがうまくいく。そういうものです。


最初にあったのは夢と、そして根拠のない自信だけ。そこからすべてがはじまった。


他の人間にできることならば、同じ人間である僕にできないはずはない。僕はそう思うんです。他の人間ができるのに、同じ人間の一人である僕にはできないとか、できないと思わなければいけないとか、そう思うことのほうが不自然じゃないですか。絶対におかしい。


私自身は渋沢栄一のように日本の資本主義を根底から変えるような事業家になりたい。


ひとつのビジネスモデル、ブランドに頼らない。それぞれが独立採算で、しかし「人々を幸せにするための情報革命」という理念を共通軸にして情報革命を遂行する。これが我々の基本的な考えです。成長が鈍っても一つのブランドに固執するわけではなく、そのポートフォリオで入れ替え戦が常に起こっていく。成長し続ける企業の集団。それが私の中でのイメージです。


ひとつのブランドですべて統一するとリスクが増します。皆同じだと一つの社訓すら時代に合わなくなるリスクがある。ワンブランドでグループ全てが破綻することもある。


人類社会がこの地球上で、他の生命体に比べて最も繁栄し拡大し続けた理由は人類が助け合うという機能を持っているからです。ソフトバンクグループも、助け合うことで長く大きく繁栄するベースを作れると思います。


マイクロソフトやグーグル、フェイスブック、アップルなどとライバルになろうという考えは全くありません。私にとってのライバルはシリコンバレーです。シリコンバレーは、一つのビジネスモデル、ブランド、会社ではありません。シリコンバレーから、様々な会社が生まれました。一方つぶれて行った会社もあります。シリコンバレーでは、様々な企業が興亡を繰り返していますが、地域自体は一貫して発展し続けています。シリコンバレーにいる企業の価値の総和こそが我々が目指すものです。


時価総額なんて、影絵のようなもの。大きくもなれば小さくもなる。


すべての投資が成功するわけではない。むしろ、失敗の方が多い。しかし、大ホームランを逃さないように、私に投資情報を上げるように言っている。


ゼロから新しいものを作り上げるのは本当に大変です。やり遂げるには、困難に立ち向かう力が必要となるでしょう。そして、「想いを伝えたい」という強い気持ちが大事です。


社長や本社が商品開発やマーケティングの権限を持つのは1000メートル先の的をピストルで撃つようなもの。権限を現場に任せれば、1メートルの所から的を撃つことが出来る。


戦略の「略」は、省略する。ありとあらゆる情報を集めたら、それらを分析して、そこから無駄なもの、ノイズを徹底的に除去して、枝葉を払って一番太い幹を見出す。「これをやらなきゃいけない」という急所を見つけることが戦略。


ソフトバンクはこれだけ買収をどんどんやっていても、一度もリストラしたことがありません。リストラどころか、我々は常に人材募集している。それは伸び行く産業に絞っているから。伸び行く業界の会社をグループに入れることによって、より大きくより早く伸びるということです。


提携や買収で大事なのは情報革命という分野で我々の専門性が生かされるということと、人々の幸せに本当に役に立つことかということ。さらに細かく言うと、その会社が持っているテクノロジーやビジネスモデルが末広がりで伸びていくのかということ。くたびれた会社を安く買い叩いて、その差額で儲けるという買収は、僕は今までやったことがない。


我々の理念にかなわない会社は想定外。情報革命で人々を幸せに、という理念で事業を行っていますが、それ以外はいくら儲かる事業でも、どんなに楽しい事業でも僕らがやっちゃいけないと思う。


過去の会社の利益や資産を一生懸命見て細かく分析しても、大した意味はないと僕は思います。やはりこれから10年、20年、30年、場合によっては50年の範囲で見て、将来的にその事業分野が伸びるのかどうか、そして優れた経営陣がいるかが鍵でしょうね。


人生が2回、3回とあるなら他のテーマを追い掛けるのも可能だとは思いますが、限られた人生で、やはり僕が一番果たすべき責務はソフトバンクという会社で情報革命を起こすことだと思います。


日本の中だけで収まるつもりはないと米国留学当時から言っていたんです。僕の中では途中で考えが変わったんじゃなくて、最初からそうだったということです。


我々の業界には、一世を風靡して脚光浴びて、ぱっと散ってしまうベンチャー経営者もたくさんいます。困難を乗り越えていくには本当の底力を身につけなければいけません。小さい段差を何回も乗り越えて勝ちグセを身につけること、成功体験を積むことが必要です。


僕は今でも覚えている夢の半分は会社のことです。創業のころは8割が会社のことでした。「男は夜中にみる夢にまで責任を持て」とよく社員に言っています。日ごろから自分の会社と仕事を愛し、真剣に追い求めていれば夢にも現れるということです。そのぐらい真剣に取り組まないと大きな仕事はできません。


ただ単に真似してやったのでは、いっとき効率よくやれるということはあっても、何か一つ問題があったりすると壁を乗り越えることはできません。常に自分で考え創りだしていかなければブレイクスルーはできないのです。


僕は志なくして成功するとか、狙わずにオリンピックで金メダルを取れるということは有り得ないと思います。タイガーウッズだって小学校一年のころから世界一を目指して練習に励みました。その決意があるからこそ世界一が達成できるので、単なる偶然で世界一になるというのはたかが知れています。


僕がいつも座る椅子の真っ正面に、坂本龍馬の等身大の写真を置いていて、叱咤激励されているような気がしているんですね。「事を成す」というのが彼の生涯の信条ですが、やっぱり僕も事業家として、心の底から未来の社会や人々に貢献できるような形で事を成したいと思っている。そうなれば金銭的な成果もおのずと集まるはずです。


日本には、経営者はたくさんいる。でも事業家は本当に少なくなったと思います。僕は自分の人生の大半を事業家として過ごしてきたのだけれど、金銭的な欲望や成果というのはたかが知れていると思うんですよね。目先の株価や利益は、経営者としては大事かもしれないけれど、事業家としては大事なことのほんの一部にすぎない。


中国何千年の歴史で大きく天下が動いた時というのは、やはり大きな絵を描いて、人々の心を揺さぶる檄文を書いて、100万の大群を錦の御旗の下に集めた時ですよ。そういう意味では、大きなビジョンというのは掲げないといけない。


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