ビル・ゲイツの名言 一覧

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ビル・ゲイツのプロフィール

ビル・ゲイツ、ウィリアム・ヘンリー・ゲイツ3世。アメリカの起業家、プログラマー。マイクロソフトの共同創業者。シアトル出身。高校生時代からコンピュータに興味を示しDEC(ディジタル・イクイップメント・カンパニー)でのアルバイトを経て、同じくマイクロソフト共同創業者のポール・アレンとともにソフトウェア制作会社トラフォデータを創業。その後、ハーバード大学に入学するも、休学しマイクロソフトを設立。同社を世界的企業へと成長させた。

マイクロソフトは、長期的視野でものを見る。未来の方向性を見極めつつ、現時点での製品開発でも後れを取らないように、研究開発に莫大な投資をしている。業界での重要な位置を保ちながら、需要に応じた新しいビジネスモデルへの転換を成功させるのは、どんな企業にとっても大きな挑戦だろう。


都市から離れた地域にもネットへの快適な接続環境を提供する衛星通信会社に、私は個人的に出資している。都市部ならケーブルを通すのが一番経済的だが、人口密度の低い田舎ではケーブルは経済的ではない。低軌道衛星を使えば、地球のどこからでもケーブルと同じような高速の接続が可能になる。マイクロソフトの事業はそうしたものを提供することではないし、ケーブル網や通信企業を買収する気もない。それは、我々の専門ではないからだ。だが、それを推進するための支援は惜しまないつもりだ。


我々には、偉大な大物たちが見過ごしてしまったアイデアがあった。我々は常に、トップの座を守るために必要なアイデアを見逃しはしなかったかと考えている。


今日の情報社会では、人間の知性と技術、そしてリーダーシップが重要な資源だ。これらの資源は、世界中に豊富に存在する。だからこそ、人類の歴史の次の章はとりわけ面白いものになるはずだ。


ビジネスは非常に簡単だと思う。売上からコストを引けば、大きな黒字が出る。計算は極めて簡単だ。


我が社がこれほど成功しているのは、人に好まれるものを何でも取り入れ、さらにそれを発展させるというアプローチのおかげだ。


メール・マージというソフトの初期バージョンは非常に複雑で、顧客が助けを求めて電話をかけてくるたびに、我が社のサポートはカウチ(寝椅子)に座って電話を受けた。長話になることがわかっていたからだ。つまりソフトに問題があったということだ。


偉大なプログラマーと話をしてみれば、絵描きが絵筆のことを熟知しているように、彼が自分の道具を熟知していることがわかるだろう。


我が社の収益の80%を占める製品については、できるだけ深く理解するようにしている。


私は質疑応答の時間が好きだ。それによって、何が人々の感性に訴えるのか、人々が何に不満を持っているのかがわかるからだ。


一度決断したあとに再び同じ問題にこだわると、決断の実行の妨げになるばかりか、決断を下すことも躊躇するようになる。そもそも、本当に心が決まっていないなら、決断を下す意味などないじゃないか。


会社が成長するにつれ、組織内に小さな組織をどんどん増やしていった。少人数のチームはコミュニケーションも効率的だし、組織が大きすぎるためにスピードが落ちるといった障害もない。


1日の時間が足りないので、一度にふたつのことをやってみたくなる。いまはエアロバイクで運動しながら新聞を読むという芸を極めているところだ。マルチタスク(複数のことを同時に行うこと)としては、非常に実用的だと思うよ。


株式を公開する準備をしていたとき、普通では考えられないほど大量の株の所有権を従業員に与えることにした。これは、彼らの仕事がいかに重要であるかを知ってもらうためだった。


私の方が積極果敢で、バカみたいに競争心が強い。私はその日その日のビジネスを片付けていき、ポールは研究開発で会社を常に最前線に押し出す努力をしている。
【覚書き|共同創業者ポール・アレンとの関係について語った言葉】


私は教える人間ではない。学ぶ人間だ。学ぶことが大好きな人たちと一緒に仕事ができることを大いに気に入っている。


十分な事実があれば、優秀な人材はそこから何かを引き出すことができる。


最も優秀な人材が20人いなくなったら、マイクロソフトは鼻もひっかけられないつまらない会社になる。
【覚書き|1992年の発言】


知的資産を主力商品としている会社の例にもれず、我が社も最高の人材を探し出し、引き留めておくことに骨を折らなければならない。昔から大学や先見の明のある企業は、最高の人材を集め、引き留めておくために、定期的に長期休暇を設ける必要があることを理解していた。その制度の下で、ハードワークに疲れた人は息抜きに旅行したり、地域活動に参加したりと、自由に使うことができる。
【覚書き|マイクロソフトで長期休暇制度を導入した理由について語った言葉】


父も母も、息子が一流大学を中退して、誰も聞いたことがない「マイクロコンピュータ(パソコン)」なんてものの会社を始めると聞いて、内心がっかりしたと思う。それでも、二人はずっと応援してくれた。


大学時代は本当に楽しかった。いろんな意味で中退したことを後悔している。中退したのは、初のマイクロコンピュータ用ソフトウェア会社をつくりたいという夢があったからだ。卒業まで待てなかったんだ。
【覚書き|ハーバード大学を中退したことについて語った言葉。ゲイツ氏は大学在学中、相当優秀な成績を収めていた】


何もかもが魅力的に見えた。そのひとつを選んでしまったら、他のすべてを諦めなければならない。もし法律事務所に入ってパートナーに嫌われたら困るな、なんてことも考えた。嫌われて厄介な仕事を押し付けられたり、それこそ厄介なことになるってね。部屋にこもって哲学問題に悩むウツっぽい顔でふさぎこんで、これから何をやって生きていくかを考えていた。
【覚書き|大学生時代、将来の進路について真剣に悩んだ当時を振り返っての発言】


10代のころ、ポール・アレン(マイクロソフト共同創業者)は、コンピュータのハードウェアについていろいろ教えてくれた。マイクロプロセッサーの可能性を信じ、それに賭けてみることも。若いうちに夢中になれることを発見できた私はとても運が良かった。いまでも、その魅力は輝きを失っていない。きっかけを与え、励ましてくれた両親がいたことも、やはり運が良かったと思う。


10代のころは、コンピュータをクラッシュさせることはすごいことだった。そこからいろいろ学んだものだ。


プログラムを走らせるのは究極のテストだ。プログラムを書いて、試してみる。結果は動くか動かないか、どちらかしかない。


子供のころからたくさん本を読んで自分でものを考えろと言われて育った。両親は、本や政治や、その他いろいろなことについて、子供たちを交えて話し合った。


我々は上手くいっていることを話題にして時間を無駄にしたりしない。そういう無駄は、我が社の社風が認めない。ミーティングはいつもこういう具合に進んでいく。「確かに、カテゴリーのうちの7つは上手くいった。だが、8番目はどうなんだ」と。


ウォーレンは、もし何千年も前に生まれていたら、猛獣の餌になっているのがオチだと言う。だが彼は、株式市場があり、彼の市場に対する優れた理解が報われる時代に生まれた。
【覚書き|無二の親友である投資家ウォーレン・バフェットについて語った言葉】


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