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シェイクスピアのプロフィール・経歴・略歴

ウィリアム・シェイクスピア、16世紀のイギリスの劇作家、ハムレット・ロミオとジュリエット・マクベス・リア王・ヴェニスの商人そのほか数多くの傑作を生み出す。最も優れた英文学の作家と評される人物。後世の作家に大きな影響を与えた

借り主となるなかれ、また貸し主となるなかれ。貸し主はカネと友を同時に失う。

いかに美しいものでも行為によっては醜怪になる。腐った百合は雑草よりひどい臭いを天地に放つ。

悲しみが来るときは、単騎ではやってこない。かならず軍団で押し寄せる。

前兆など気にしてどうなる。雀一羽落ちるのも神の摂理。もしいまならば、あとには来ない。いまでなくとも、いつかは来る。あとで来るならば、いまくるだろう。肝心なのは覚悟だ。人間、捨てるべき命について何がわかっている?それを少し早く捨てたとして、どうというのだ。

事態を放置するか、あるいはこれに断固介入するか、それが問題だ。どちらが気高い生き方か、このまま心のうちに暴虐な運命が射掛ける石と矢をじっと耐えることか、それとも海のように押し寄せる苦難に武器をとって立ち向かい、敢然と戦ってこれに終止符を打つことか。

逆境から与えられる収益は美しい。それはヒキガエルに似て、醜く毒を持っていても、その頭の中には、貴重な宝玉が隠されている。

橋は大水のときの川幅より長くなくともよい。いま必要なものの用に応じてこそ、格好がよいというもの。役に立つことが、まず肝要だ。

私たちの存在は、夢と同じような儚いもの。この小さな人生は、眠りによってけりがつくものなのだから。

ふたつの道のうち、どっちにしても極端に走るような人は、嫌悪すべきだ。

慈悲の本質とは、強制されないということである。それは恵みの雨のように、天からこの大地に降り注ぐものだ。それは、二重に祝福するもの。与える者を祝福し、そして受けるものを祝福する。それは、最も偉大なる者にあると、最も偉大な力になる。

今晩一晩は我慢しなさい。そうすれば、この次はこらえるのが楽になる。そして、その次はもっと楽になる。

安心、それが人間の最も身近にいる敵である。

いまが最悪の状態と言える間は、まだ最悪の状態ではない。

険しい山に登るには、最初からゆっくりと歩くことが必要だ。

求めて得られる愛は素晴らしい。
でも求めることなく与えられる愛はもっといい。

時というものは、それぞれの人間によって、それぞれの速さで走るものだ。

楽しんでやる苦労は、苦痛を癒すものだ。

雄弁が役に立たないときにも、純粋な、無邪気な沈黙が、かえって相手を説得することがある。

愚かな知恵者になるよりも、利口な馬鹿になりなさい。

愚者は己が賢いと考えるが、賢者は己が愚かなことを知っている。

過去と未来は最高のものに見える。現在の事柄は最高に悪く見える。

貧乏でも満足している人間は金持ち、それも非常に金持ちです。しかし、大金を持っている人でも、いつ貧乏になるかと恐れている人間は、冬枯れのようなものです。

金を貸すと、金も友達もなくしてしまう。金を借りると、倹約の心が鈍ってしまう。

誰の言葉にも耳をかたむけろ。誰のためにも口を開くな。

快い眠りこそ、自然が人間に与えてくれる優しく懐かしい看護婦だ。

逆境が人に与えるものこそ美しいではないか。それはガマガエルに似て醜く、毒を含んでいるが、その頭の中には宝石をはらんでいる。

いちばん賤しい者となり、いちばんひどい逆境に沈んでいる者は、常に望みを持ちなさい。怯えることはない。最上の幸福から零落することは悲しむべきだが、不運のどん底に沈むと、また浮かび上がって笑うことにもなる。

お前たちもみな知っているように、慢心は人間最大の敵だ。運命をはねつけ、死を嘲り、野望のみを抱き、知恵も恩恵も恐怖も忘れてしまう。

外観というものは、一番ひどい偽りであるかもしれない。世間というものはいつも虚飾にあざむかれる。

人を邪な道に引き込むため、悪魔が真実を言うことがある。わずかな真実で引き込んでおいて、深刻な結果で裏切るために。

悪事によって得たものは、悪事の報復を受ける。

偉人には三種類ある。生まれたときから偉大な人、努力して偉人になった人、偉大な人間になることを強いられた人。

過去の弁解をすると、その過失を目立たせる。

成し遂げんとした志を、ただ一回の敗北によって捨ててはならぬ。

他人もまた同じ悲しみに悩んでいると思えば、心の傷は癒されなくても、気は楽になる。

天は自ら行動しない者に救いの手を差し伸べない。

馬鹿は自分のことを賢いと思い、賢明な人間は自分が愚か者であることを知っている。

全世界は一つの舞台であり、すべての男と女はその役者にすぎない。彼らは退場があり入場があり、ひとりの人間が一度の登場で多くの役を演じる。

人間の生活においても、ある種の潮流がある。満ち潮に乗れば、幸運に導かれる。無視をすれば、人生の旅は苦しみの浅瀬に漂うだけとなる。私たちはいま、そういう海に浮かんでいる。だから、その潮流に乗らなければならない。さもなければ、賭けているものをすべて失くすことになるのだ。

いま望んでいるものを手にして、何の得があろうか。それは夢、瞬間の出来事、泡のように消えてしまう束の間の喜びでしかない。一週間嘆くとわかっていて、一分間の快楽を買う人がいようか。あるいはおもちゃと引き換えに、永遠の喜びを売る人はいようか。甘さを求めて、ブドウ一粒のために、ブドウの樹を倒してしまう人は、はたしているだろうか。

人の成すことには潮時というものがある。うまく満ち潮に乗れば成功するが、その機を逃すと一生の航海が不幸災厄ばかりの浅瀬につかまってしまう。【シェークスピア、ジュリアス・シーザーより】

臆病者は本当に死ぬまでに何度死ぬかわからぬが、勇者はただ一度しか死を味わわない。

私たちがどんなに粗削りをしておいたとしても、神の摂理が最後の仕上げをしてくれるものだ。

バラと呼んでいるものは、名前が他のものであろうと、香りの素晴らしさに違いはないはず。

この天地の間には、哲学なんかでは到底思い及ばぬことがたくさんある。

彼らの非道は私の骨の髄まで痛めつけた。だが、私は自分の怒りに立ち向かい、高貴な理性の味方になろう。復讐よりは、許しの徳こそが気高い行為なのだ。

人間は、自分流にものごとをそれぞれ解釈して、そんな解釈がものごとそのものの本質と、まったくかけ離れていることもある。

世界は舞台だ、誰もが何か役割を演じなければならない。

人生とは、ただの歩いている影、下手な役者。つまり、舞台の上を持ち時間だけばたばた慌てて歩き回り、それっきり名を聞かなくなる、そんな奴なのだ。

ひとつの立派な行為が、誰の口にのぼることなく死んでゆく。それは残ってあとに待つ立派な行為を何千も屠殺することになる。

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