その他 武将・軍人・司令官の名言格言一覧

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天下に先んじて憂い、天下に遅れて楽しむ。
【覚書き|破綻寸前の財政難の中、17歳で藩主になり、苦労に苦労を重ねて肥前佐賀藩を躍進させた自らの人生について語った言葉。】

電光朝露、石火のごとくなる夢の世に、なんと人生を送ろうとも、名誉より大切なものはない。人は一代、名は末代と心得るべし。

すべてを得んとする者は、すべてを失う者である。

たびたび生死の境を切り抜けてきたベテランの隊長は、平素の訓練では若いパイロットの操縦技術には及ばないが、ピンチに際して、その何倍かの腕前を発揮する。それは慌てないからである。

戦争において必要な知識は極めて簡略であるが、この知識を実行に移すことは本当に容易ではない。

戦争は味方が苦しい時は敵も苦しい。もはや退却という時に、突然敵が撤退するのは、戦場では珍しくない事例である。なによりも、戦意を失わぬことが肝要である。

将たるものは、怯弱の時あるべし。ただに勇をたのむべからず。
【覚書き|義理の弟である夏侯淵に向かっての発言。夏候は勇猛果敢で魏の大きな力になったが、勇気に過ぎるため曹操は不安に思っていた。そこで、上記の発言、良い武将は時に怯えて慎重に動くことも重要だと知っているものだと諭す。結局、夏候は劉備の陽動作戦にひっかかり命を落とした】

武士道というのは、身を殺して仁をなすものである。社会主義は平等を愛するというが、武士道は自分を犠牲にして人を助けるものであるから、社会主義より上である。

このビーチから動かない奴は二種類だ。すでに死んだ者と、これから死ぬ奴だ。さあ、生き残るためにここから出ていくぞ!
【覚書き|ノルマンディ上陸作戦で海岸が死体で埋まり、無数の銃弾が飛び交う中、仁王立ちして部下を叱咤激励した言葉。背水の陣の作戦で、生き残るには勝つしかない状況、しかも銃弾が飛び交う中で仁王立ちした上官に励まされ部下は士気を回復した】

これ賢、これ徳、よく人を服す。
【覚書き|息子の劉禅に対する遺書の一節。賢とは聡明さ、徳は人徳を表す。部下や国民を感服させ上手く用いるには、武力や権威ではなく聡明さや思いやりの方が重要だという言葉。関羽、張飛、諸葛亮などの有能な人物から信頼を受け国をつくり上げた劉備の人となりをよくあらわした発言】

中国地方の全部とは愚かなことだ。天下を全部持つようにと祈ればよいものを。天下を取ろうとすれば、だんだん中国地方は取れる。中国地方だけを取ろうと思えば、どうして取れるだろうか。
【覚書き:厳島神社詣に行った時、中国地方が主のものになりますようにと家臣が祈った。上記はそれを聞いた元就の返答】

悪人を追いかけて掟を増やしたり、牢獄を増築するだけでは悪人は絶えない。悪事が増えるのは自分たちのやっている政治に問題があり、民衆が不満を持って政治を心掛けることである。そうすれば悪事はおのずと減る。

一番首は自分一人が手柄を立てようという行為だ。だが一番乗りは自分の属する軍全体に勝ちをもたらそうとする行為だ。だから身構えが違う。一番首は敵一人の戦い方に目を向けるが、一番乗りはどこから城壁に取りついて攻めれば味方を引き入れることができるかと全体を見わたす。つまり、一番首は自分のことしか考えない。そこへいくと、一番乗りは組織全体のことを考えている。

上一人の気持ちは、下万人に通ずる。
【覚書き:朝鮮出兵の帰路での発言、占領した地域にもう敵はいないのに清正が装備を整えていたのを見た人が、なぜ装備を外し身軽にならないのか問いかけたことに対する答え。自分が旅装を解いて身軽になって進んだ方が楽だが、油断をしてはいつ何が起こるかわからない。上の者が油断していれば、部下も全員油断する。だから自分は旅装を解かないのだという趣旨の発言】

私の戦略は、一をもって十に対抗することである。私の戦術は、一の敵に対して十をもって撃破することである。

小さな敵には恐る恐る対する。大敵の場合は恐れず、十死一生の戦いをやるぞという気概を君主から示す。

死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし、生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。
【意訳:死んでも後世に残るだろうと考えるなら死んでもいい。生き延びて大きな仕事ができそうだと思うならどんな状況でも生き続けろ。】

海軍が一隻の軍艦を造るには3年かかる。しかし、新しい伝統を築くには300年かかるだろう。

何ごとにつけても、つねに堪忍の二字を忘れてはならぬ。昔の物語にも「韓信という人は、初め家が貧しく、少年のころに他人から股の下をくぐらせられりなどして辱めを受けたが、よく堪忍してついには漢の大将軍となって成功した」ということが伝えられている。また「一時の怒りのために身を滅ぼす」というような例もあるのだ。

君に合戦計画を与えるつもりはない。達成してもらいたいことを計画しただけであり、それをどのように達成するかは君の自由だ。
【覚書き:シャーマン将軍に与えた言葉。南北戦争で南軍を攻めるうえで明確な目標を与えたが、どう達成するかは自分で考えよと裁量権を与えた】

最初に軽い者を遣わして埒があかないからといって、また重い者を遣わせば、初めに行った者は面目を失い、討ち死にをするほかはない。
【覚書き:家康が奥州九戸一揆を井伊直政に鎮圧させようとした。家康の側近で直政の主である本多正信が「はじめにもっと格下の人物を遣わし、もし駄目なら直政を遣わせばどうでしょうか」と進言した。家康は上記発言をし、下の者が失敗して恥をかかないよう初めから上役を送るのだと諭した】

金銀をたくさん積んでおくのは、良い侍を牢に押し込めて置くのと同じことだ。
【覚書き:秀吉が金銀を気前よく部下や民衆に与えるのはなぜかと家臣が聞いた時の言葉。秀吉は気前が良い武将であると同時に、敵だった武将を打ち負かした後、牢に押し込めておかずに自分の部下に登用するほどの器量を持っていた。】

いまは必勝の信念の方に進みますが、他面の時機も常ににらんでいくつもりです。
【覚書き:昭和20年に高松宮へ発した言葉。他面の次期とは戦争を終わらせることを意味している。海軍大臣時の発言。】

小事が大事に至らないためには、小事も大事だと思って、大事の時と同じような議論と慎重な決断を下すべきだ。そうすれば決して後悔することはなかろう。

もうそろそろ戦争をやめる時である。何をぐずぐずしているのか!
【覚書き|日露戦争の奉天会戦勝利直後、参謀本部次長の長岡外史に面会しての発言。局地戦で勝ったが日本の国力はまだ弱く、このまま続けたら必ず負けるという見通しがあった。さっさと日露戦争を終結させ有利な状況で終わらせろという趣旨の発言】

勝つということは味方に勝つことである。味方に勝つというのは我に勝つことだ。我に勝つというのは気をもって体に勝つことである。

人の器により、それぞれ使うは君の職(仕事)なり。ゆえに見損ずるときは、君の過(過失)なり。

剣の道は深い、精神を統一せぬ限り勝負は負ける。中段に構えたら、じっと相手の身体全体を見つめて、間合いを測る。心を集中させていくと相手の心の中が読める。跳びこむときは、自分が切られることを恐れてはいけない。たとえ皮を切らせても、相手の肉を切ればこちらが勝ちだ。その一瞬の皮膜のあいだに勝負を賭けよ。

一日といえども、むなしく過ごしてはならぬ。少壮の年に学ばなかったならば、老大にして後悔しても追い付かぬ。

甲乙選び難い時は、より危険性があっても積極策をとるべきだ。

部下の行為の行為について喜んで責任を分かつ。戦場で死んだ幾千の日本軍将兵の仲間入りをしたい。
【覚書き:戦後のGHQの裁判法廷での発言。】

私は決して指揮権の共有を受け入れない。たとえ神との共有でも断る。

城下の繁栄に驕って下々の憂苦を思わず、武具のみに力を入れて城郭を構築しようとしても、徳と礼儀がなければ、はなはだ危うい。

発令した作戦の結果を予測して、さらにその先のことまで計画をつくろうとするのはナンセンスである。かくあるべきと思い込んで、先の先まで詳細に計画するのは素人だけである。

浮浪者が熱い風呂に我慢できないように、平凡な将軍は変化に我慢できない。なぜなら、毛布にこびりついたタールのように、先輩から学んだ戦闘ドクトリン(軍隊の基本的な運用思想や主義)が先入観として頭の中を完全に支配しているからである。

用兵の道は、城を攻めるのは下手な策、心を攻めるのが上手い策。
【覚書き|武力制圧するよりも、敵が精神的に忠義を尽くしてくるような状況を作ることが、戦後に反乱などが起こらず優れた策だという意味の発言。また、心理的に相手を揺さぶり内部分裂させることができればより有利に戦いを進めることができるという意味合いも含んでいる】

いつから将校が兵士より先に逃げていいことになったのかね!
【覚書き|ウクライナ戦線でドイツ軍がソ連軍に包囲され、兵士たちがこぞって逃げ出そうとしたとき発した言葉。この一喝でパニックは回避され、兵・将校ともに正気を取り戻し本来の持ち場に戻った】

各員がその義務を果たすことを期待する。
【覚書き|ナポレオンのイギリス侵攻を阻止したトラファルガー海戦時に、ネルソンの旗艦ヴィクトリー号の信号旗に書かれた言葉。全員の力を合わせナポレオンを退けるぞという意気込みを各員に伝えた言葉】

お前たちが争いを起こすことがあれば、その場で軍服を脱がせるぞ。
【覚書き|ガダルカナル攻防戦の司令官に抜擢された時の言葉。当時ガダルカナルでの日本軍との戦闘は膠着していた。さらにアメリカ陸海軍の仲が悪く、失敗を擦り付け合うような状態になっていた。ハルゼーは陸軍海軍の責任者を呼び、上記の言葉を発した】

造らないかんものなら、仕方がなかでごわしょう。それ(文部省の予算流用)が知れて、許してもらえんのなら、山本さん、二人で二重橋(皇居)の前で腹ば切りもんそう。二人が死んで主力艦ができればそれで結構です。
【覚書き|海軍大臣山本権兵衛が内務大臣だった従道を訪れ、海軍の主力艦三笠の建造費用が確保できないことを相談した。従道は文部省の予算を流用するよう提言する。予算流用は大罪だが、当時の日本に必要な費用だと上記発言をして実行する。戦艦三笠はこのあと日露戦争日本海海戦で活躍する】

生命は人間の持つ最大の武器だが、捨てることを惜しんだら武器にはならん。

もし、私が意気消沈していれば、彼ら全員が臆病になる。もし、私が決然と敵に対して戦う準備を整え声をかければ、彼らは私を真似て行動し従う。

人の命わずかの間なれば、むさき心底(卑しい動機)、ゆめゆめ、あるべからず。

家来が勇であるか怯(臆病)であるか、平時の目利きなどは二割は外れるものだ。体力も知力もあると見込んだ男十人のうち、一、二人は本番で大臆病であることが判明する。一方、体力も知力もないと見ていた男十人のうち、一、二人は実戦で比類なき働きをするものだ。

戦争ほど尊い人命を無駄にするものはない。たったこれだけの弾薬を使っただけで、一人の戦死者も出さずにすんだのだ。なんと安上がりなことか。
【覚書き:朝鮮戦争時に防衛のため大量の弾薬を使ったことについてアメリカ議会から使いすぎではないかと問われていった言葉。部下を死なせずに済むなら弾薬を大量に使っても安いものだという趣旨の発言】

我が身にのしかかる重大事は、精神をさかんにして腰をとらえ、無二無三に踏み破って突き通らねば埒があかぬものである。

君、死んじゃいけないよ。宇垣(纏)中将は沖縄に飛び込んだ。大西(瀧治郎)中将はハラを切った。みんな死んでいく。これでは誰が戦争の後始末をするんだ? 君、死んじゃいけないよ。
【覚書き|小沢治三郎中将は太平洋戦争終戦後、自害し無駄死にしないよう部下の将兵を諭して回った】

兵法に通じている者は兵の多少によらず、勢いに乗ずるものである。自分が歌を歌う声に和唱して進んで戦えば勝つ。

士官である前に、まず紳士であれ。

後世、日本海海戦が神秘的な力で勝ったように思われては、日本の運命が危ぶまれる。【覚書き|山本氏は8年間海軍のトップとしてロシア海軍打倒を目標に様々な活動を行った。天運のみでは勝てなかったことを十分知っており、後世の軍人たちが思考停止になることを危惧しての発言。残念ながらこの後、日本海海戦は神格化されてしまう】

私は自分でやってみなければ良くできたと信じない性格だ。何ごとも自分の目で確かめなくてはすまない。

勝つべき合戦、取るべき城、攻めの時を選び、方角を考え、時日を移すことはなはだ口惜しく候。いかに良き日なるとて、大風に船をだし、大勢に一人向かわばその甲斐なかるべく候。【覚書き|当時、戦前に占いや風水で日時や攻め込む方角を決めていた。その風潮に異を唱えた言葉。どんな吉日でも、状況が悪化しているのであれば意味がなく、タイミングを計って攻め込んだ方が勝つ確率がずっと高くなるという意味】

今後、命令は議論の根拠と考えてはならず、行動の根拠とする。【覚書き|第二次大戦北アフリカ戦線で砂漠の狐ことロンメル元帥率いるドイツ軍と戦った時に発した言葉。圧倒的に不利な状況で司令官に任命され、兵士たちを奮い立たせるための発言。できない理由を議論するより、目標達成に向けて行動せよという意味が込められている。このあとモンゴメリー指揮のもと、イギリス軍はロンメルを撃破しノルマンディ上陸作戦へと突き進む】

いにしえの道を聞きても唱えても、我が行いにせずば甲斐なし。【意訳|昔のありがたい哲学や学問を学んだり唱えたりしても、実行に移さなければ意味がない】

これよりふたたび、わしに曹操への降伏を勧める者があるなら、この机と同じ運命になると思え。
【覚書き|曹操率いる魏軍との赤壁の戦い直前の発言。魏軍20万人、呉軍3万人の状況で「今回は降伏し、次の機会を探ってはどうか」と進言された孫権が目の前の机を剣で叩き割り、言い放った言葉。この決断を見て士気が高まり、呉が勝利した】

全滅とは何だ?お前と俺が生きているじゃないか。【覚書き|タイのジットラでイギリス軍と戦い、隊に大打撃を受けた下士官を叱咤激励した言葉。暗闇の中での戦闘だったため、状況確認をせずに部下の士気を下げるような軽はずみな発言はするなという意味も含んでいる】

我々は何もしないことから生じる損害と、行動して発生するリスクとの間で決断しなければならない。

可能なら実行する。不可能でも断行する。

断じて戦うところ、死中おのずから活あるを信ず。我らは各自敵数十人を倒さざれば死すとも死せず。

城の水、わずかにこればかりなり。いまだ力の疲れを知らないうちに必死の戦いをしようではないか。【覚書き|上記発言は近江の佐々木義賢に攻められ、長江寺城に籠城した時の言葉。敵に水の補給路を断たれ、残りが水瓶3つとなったとき、籠城は辞め、討死に覚悟で打って出ることを決意。部下たちに水を飲ませたのち、瓶をたたき割り、出撃する。勝たなければ死ぬという状況で勝利を勝ち取る。以来、勝家は瓶割の柴田と呼ばれさらに戦績を増していく】

危うきに乗じて、もって倖を求む。
【覚書き|意訳は危険を冒して幸運を期待したという意味。幽州遠征を行って北方を平定した時の言葉。部下は危険だと反対したが断行。なんとか平定は成し遂げたものの、大きな損害を出してしまった。曹操は以後、運を当てにした作戦はやらないと誓った】

すべての軍人は、逆境という名の学校を卒業しなければならない。

国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして、我私すべきものにはこれなく候。人民は国家に属したる人民にて、我私すべきもににはこれなく候。国家人民のために立てる君にて、君のために立てる国家人民にはこれなく候。右三条、御遺念あるまじく候事。【覚書き|引退するときに次期藩主に伝えた言葉】

・苦は楽しみの種 楽は苦の種と知るべし
・主人と親とは無理なる物(理屈が通らないもの)と思え 下人は足らぬものと知るべし
・子ほど親を思え 子なき者は自分の身を思う気持ちほど親を思え 近き手本と知るべし
・掟を恐れよ 火を恐れよ 分別なき者を恐れよ 恩を忘れることなかれ
・欲と色と酒を敵と知るべし
・朝寝すべからず 話の座長すべからず
・小なることは分別せよ 大きなることは驚くべからず
・九分に足らず 十分はこぼれると知るべし
・分別は堪忍にあるべしと知るべし

お前らの気持ちはよくわかる。友軍機も来んかもわからん。だが、軍人は最後まで戦うのが務めだ。百姓がクワを持つのも、兵が銃を握るのも、それが務めであり、最後まで務めは果たさならんのは、同じだ。務めを果たすときは、誰でも鬼になる。まして戦(いくさ)じゃけん。鬼にならんでできるものじゃなか。

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