リーダー・管理職の名言格言一覧

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人は天下一品の使命といって、その人でなければ持ち合わせてない特性、あるいは才能がある。これを自由に発揮させる場をつくることが、経営者にとって最も必要なことだと思う。

一手の大将たる者が、味方の諸人の「ぼんのくぼ(首の後ろのくぼみ)」を見て、敵などに勝てるものではない。
【覚書き:大将は味方の後ろに隠れず前に出て戦えという意味】

人の器により、それぞれ使うは君の職(仕事)なり。ゆえに見損ずるときは、君の過(過失)なり。

私はしばし呆然とし、次の瞬間、死を考えた。いっそ自分も立て坑に飛び込んでしまおう。その方がどんなに楽かもしれない。が、また次の瞬間、それでは責任者として卑怯者になると考えた。なによりもまず、遺族の方々に対する責任と、会社に対する責任を取らねばならない。そう思ったら勇気が出てきた。
【覚書き:福岡三菱新入炭坑に配属されたとき、大爆発事故が発生。責任者として事に当たる決意をした時を振り返っての言葉】

臆病者と言われる勇気を持て。安全航行こそ、最大の使命であり、責任である。

自動車を始めて私が得た信念は「金ができたら設備の方へ回せ。人間で能率を上げてはいかん。機械で能率をあげよ」ということであった。
【覚書き:1950年の大規模ストライキ中にトヨタ社長に就任。激しい労使交渉を経験した後に語った言葉】

三人で受け持ちの工程を一人抜いて私が入る。ちょっと工夫すれば二人でもできる。なるほどと連中が納得したところで、二人でやらせる。不平の連中は仕事から外して遊ばせておく。人数は減っても仕事が楽になるから、真面目な連中は喜んで協力する。
【覚書き:三井鉱山大牟田コークス製造工場の人員整理に取り掛かった時を振り返っての発言】

諸君が実行不可能としてあげた諸点をひっくり返せば、それだけ奇襲の効果が上がるということだ。【覚書き|朝鮮戦争仁川(インチョン)上陸作戦の戦略会議での発言。仁川上陸が成功すれば北朝鮮の補給線を潰すことができ、戦況が一気に有利になることがわかっていたが、地形上とても難しかった。将校たちができない理由をいくつも挙げたので、上記の発言が発せられた。このあと仁川作戦は成功する】

甲乙選び難い時は、より危険性があっても積極策をとるべきだ。

いまの世の中は静かではあるが、いつどのようなことが起こらぬとも限らない。そのときのために、いま以上に欲しいものは有能な武士である。無益の出費を省いて人を多く抱えることが世の楽しみなのだ。

部下の行為の行為について喜んで責任を分かつ。戦場で死んだ幾千の日本軍将兵の仲間入りをしたい。
【覚書き:戦後のGHQの裁判法廷での発言。】

私は決して指揮権の共有を受け入れない。たとえ神との共有でも断る。

順境の中では軍人としての資質で評判を維持する人にも、ひとたび苦境と疫病神の高笑いに取り囲まれると急速に弱くなる。部隊は急速に悲観論に感染し、優れた指揮官によって管理されない限り戦闘効率が低下する。

厳しい戦況において、真の指揮官は前方を見据えて傲然と仁王立ちし、並の指揮官に比べて著しい対照を示す。

浮浪者が熱い風呂に我慢できないように、平凡な将軍は変化に我慢できない。なぜなら、毛布にこびりついたタールのように、先輩から学んだ戦闘ドクトリン(軍隊の基本的な運用思想や主義)が先入観として頭の中を完全に支配しているからである。

将軍は決して「まさか」と言ってはならない。
【覚書き|上に立つ者はすべてのことを想定し、最悪のケースすらも事前に対処法を検討しておけという意味の発言。また、まさかのケースが発生しても、部下の士気を下げないために悪態をつかず、冷静に対処せよという発言】

世間並みの一万の兵と、宗茂配下の三千、五千の兵と何の差もありません。軍の備え方がよいというだけでなく、常に兵士に対してえこひいきせず、ひどい働きをさせず、慈悲を与え、少々の過失は見逃し、国法に外れた者は、その法によって対処するのみです。

家臣の俸禄も拙者の高(石高、収入)に応じて少しずつ与えたのですが、常に慈悲を第一にして愛情を与えますので、戦に挑むとみな一命を投げ打って力戦してくれ、それがみな拙者の功になります。そのほかに別に良い方法とてありません。

いつから将校が兵士より先に逃げていいことになったのかね!
【覚書き|ウクライナ戦線でドイツ軍がソ連軍に包囲され、兵士たちがこぞって逃げ出そうとしたとき発した言葉。この一喝でパニックは回避され、兵・将校ともに正気を取り戻し本来の持ち場に戻った】

お前たちが争いを起こすことがあれば、その場で軍服を脱がせるぞ。
【覚書き|ガダルカナル攻防戦の司令官に抜擢された時の言葉。当時ガダルカナルでの日本軍との戦闘は膠着していた。さらにアメリカ陸海軍の仲が悪く、失敗を擦り付け合うような状態になっていた。ハルゼーは陸軍海軍の責任者を呼び、上記の言葉を発した】

もし、私が意気消沈していれば、彼ら全員が臆病になる。もし、私が決然と敵に対して戦う準備を整え声をかければ、彼らは私を真似て行動し従う。

仕事中にひっきりなしにかかってくる電話には、出ないと決めてしまおう。そのかわりに、一日一回か二回、折り返し電話をする。一日に二回、たとえば午前11時30分から正午までの間と、午後4時から5時までの間だけ電話に応じることにしたら、他の時間帯には電話をつながないようアシスタントに言っておく。最低限の時間で連絡が終わる。

ある事業にとって何が本当に重要なものかを決めるのは、会社のトップにいる重役たちの務めだ。これは気の抜けない戦略のステップなのだ。今現在の利益を上げるために、将来への投資をやめたり、あるいはコスト削減のために顧客へのサービスを犠牲にしたりすると、いずれの場合もビジネスは終局を迎えることになる。

面白いことに、悪意とか努力不足が問題の原因であることはめったにない。多くの社員が、自分の直面している問題を扱う権限を持っていないからであることが多い。社員が克服できない、あるいはコントロールできそうもない問題のほとんどが、上司の処理能力にあるのだ。

変化を起こす一番効果的な方法は、すこしずつ、段階的に行うことだ。あまりに多くを一度に与え、メンバーに重荷を背負わせる必要はない。一度に一つの業務に取り組ませ、きちんと終えたかどうか確認するだけでたいていは十分である。

あなたに時間がどれだけあるかというのは問題ではない。むしろ、時間をどう使うかが問題なのだ。管理に充てる時間の最も有効な使い方は、毎日毎日出かけ、部下たちの間をまわることだ。あなたが仕事の手順をより簡略にして、部下たちの生産性をアップさせれば、経営上の未来像、戦略、そしてゴールのためにもっとたくさんのことができるようになる。

本来、弱い士卒という者はいない。もし弱い者がいれば、その人が悪いのではなく大将が励まさないことに罪がある。
【覚書き:鑑連は部下を育てるのが上手いと言われた武将。武功のない部下には期待し信頼していることを伝え、武功をあげた部下には小さいことでも大いに喜び褒めた】

家来が勇であるか怯(臆病)であるか、平時の目利きなどは二割は外れるものだ。体力も知力もあると見込んだ男十人のうち、一、二人は本番で大臆病であることが判明する。一方、体力も知力もないと見ていた男十人のうち、一、二人は実戦で比類なき働きをするものだ。

戦争ほど尊い人命を無駄にするものはない。たったこれだけの弾薬を使っただけで、一人の戦死者も出さずにすんだのだ。なんと安上がりなことか。
【覚書き:朝鮮戦争時に防衛のため大量の弾薬を使ったことについてアメリカ議会から使いすぎではないかと問われていった言葉。部下を死なせずに済むなら弾薬を大量に使っても安いものだという趣旨の発言】

いいか、自分の目指すところは剛を制する剛のチームだ。そのために君たちは、オールラウンドに世界一にならねばならない。君たちは小鳥だが、巨鳥になってもらいたい。君たちはこれまで勝ち続けているからといって、オリンピックでも負けないんだという気持ちがあったらとんでもないことだ。今日から巨鳥になるためのシゴキをやるが、自分を信じてついてきてもらいたい。

創業者は常に乱世に輩出する。乱世では組織とか機構とかいう表面的な問題は無視され、人の魅力とか、迫力とかが一番ものをいう。それだけに乱世ほど人間像がくっきりうかびあがる時代はないし、善にも悪にも極めて個性の強い独立不羈(どくりつふき)の人物が続々と生まれてくる。

合戦するとき、(兵力が)一万と三千は、その大将の考えで三千の方がたびたび勝つものである。そのわけは、小勢の方は(勝って生きるか、負けて死ぬか)二つに一つと兵士たちは覚悟しているからである。だから、大軍の大将は油断してはならない。

指揮官が勝利を目標にするのは当然である。また、強い意志で部下を指導するのも必要である。だが、ひたすら肉体を敵の銃弾の前に投げ出すことだけが勇気ではない。近代戦の指揮官にとって、まず心がけるべきは味方の損害の防止であり、個人的信条を部下に押し付けないことである。

諸君が指揮官になった時、部下に死を与えることを躊躇してはならない。死とは、ただ人間がこの世に入ってきたドアから、また出ていくだけだ。誰も、自分がどのドアから入ってきたかは知らず、それに文句をいう者もいない。

ただ一度の人生。その限りある生命の空間を飾って一点に全力を傾注することに、美しさに似たものを覚える。流通業に身を置く経営者として、何はさておいても流通の近代化と取り組んでいくのが、私にとっての永遠のテーマである。命ある限り、全力投球を続けたい。

部下に必勝の信念を持たせることは容易だ。それは、勝利の機会をたくさん経験させればよい。

軍人にとって最も不安なのは、敗北の予感に見舞われる時だ。そして、その予感を最も強く察知するのは、指揮官が弱っているのを見る時だ。心理的にも、肉体的にも、指揮官は弱みを部下に見せてはならず、その印象を与えぬ努力を欠いてはならない。

時節到来すれば家が崩るるものなり。その時崩すまじきとすれば、きたな崩しするなり。時節到来と思わば崩したるがごときなり。その時は抱きとどまることもあるものなり。【意訳:時が来れば家や組織は壊れるものだ。その時に往生際悪く壊さないようにすると、かえって見苦しく壊れる。それよりも、家や組織が壊れる時が来たと思ってさっさと壊してしまえば、かえって持ち直すこともある】

兵法に通じている者は兵の多少によらず、勢いに乗ずるものである。自分が歌を歌う声に和唱して進んで戦えば勝つ。

社員の中には知恵がある人間がたくさんいる。そういう人たちから自由さ、創造の喜びを奪ってはいけない。無鉄砲なくらいのチャレンジをさせなくては企業の若さは保てない。

人の仕事のうちで一番大切なことは、後継者を得ることと、後継者に仕事を引き継がしむる時期を選ぶことである。これがあらゆる仕事中の大仕事である。後継者が若いといって、譲ることを躊躇するのは、己が死ぬということを知らぬ者だ。

重役とは、未知への探求をする役である。重役が未知の探求をしないで後始末ばかりしている掃除屋であってはならない。

役員になれるか、なれないかは新入社員のときから決まっている。同じ新入社員でも、マイホーム主義の人、会社の仕事を優先する人と、人さまざまだが、仕事に対して貪欲なまでの意志がなければ、人の上には立てない。

懸命に働かずしてトップに立った人など、私は一人も知りません。それがトップに立つための秘訣です。必ずしもそれでトップになれるとは限りませんが、かなり近いところまでは行けるはずです。

リーダーシップを発揮するためには、主に右脳を活用することになる。それは技術というより芸術であり、科学というより哲学である。自らに対してリーダーシップを発揮するためには、自分自身の人生にとって最も大切な究極の問いかけをしなければならない。

ビジネスの世界では、市場の激しい変化に伴い、数年前のヒット商品がいまではまったく売れないというのが常である。敏感に環境の変化をとらえ、正しい方向に資源を注ぐためには、強力かつ主体的なリーダーシップを発揮しなければならない。

自然界において相乗効果はいたるところで見られる。2本の木材を重ねれば、一本一本で支えられる重量の和より、はるかに大きな重量を支えることができる。つまり、合計が各部分の和を上回っているということであり、1+1が3、あるいはそれ以上の結果になっているということだ。

完全なデレゲーション(仕事の委託・委任)は、手段ではなく結果に焦点を合わせている。手段を選択する自由を与え、結果を得るようにしなければならない。当初は、他の方法よりも時間がかかる。しかしこれは、のちに何倍もの利益を上げるための投資と考えるべきである。デレゲーションはやがて梃のように、あなたの力を大きなものへと変えてくれるはずだ。

リーダーとは、目的地に向かうジャングルの中で一番高い気にのぼり、全体を見渡し、下に向かって「このジャングルは違うぞ」と叫ぶ人である。しかし、仕事に追われて能力を重視する生産者やマネジャーたちがその声を耳にして示す反応とは「黙ってろ。順調に進んでいるんだから」というようなものである。

俺はそこで、もうだめだと思って大声で「自分が愚かで、教師の命令を用いなかったために諸君にまでこんな難儀をさせる。実に面目ない次第だ。自分の死ぬるのはまさにこのときだ」と叫んだところ、水兵どもはこの語に励まされ、一同全力を尽くして海岸の方へ(船を)寄せ付けた。【覚書き|長崎海軍伝習所時代の航海実習時に教官からあまり沖に出すぎるなと言われていたが、遠出してしまい、かつ嵐に会って沈没しそうになった時を振り返っての発言】

外国というものを、ドシドシ若手の連中に目撃させねばいかぬとと思ったから、大いに遊学生を奨励したが、その結果として榎本(武揚)などが、いよいよオランダに渡航することになった。これから講武所師範役となり、また海軍奉行などとなった。【覚書き|講武所砲術師範役時代を振り返っての発言】

西郷は実に漠然たる男だった。この難局を俺の肩に投げかけておいて行ってしまった。「どうかよろしくお頼み申します。後の処理は勝さんが何とかなさるだろう」と言って、江戸を去ってしまった。この漠然たる「だろう」には俺も閉口した。実に閉口したよ。西郷の天分が極めて高い所以は、実にここにあるのだよ。【覚書き|大政奉還直後、幕府から新政府へ政治が引き継がれる途中、一時的に無政府状態になったときの話。西郷隆盛は旧幕派の海舟に事後処理を任せ薩摩へ帰った。信頼した人物に仕事を一任するという、西郷の仕事のやり方を良くあらわしたエピソード】

一時の感情に制せられず、冷ややかな頭をもって国家の利害を考え、群議を排して自分の信ずるところを行うというには、必ず胸中に余裕がなくてはできないものだ。【覚書き|彦根藩家老の岡本黄石への言葉。彦根藩は井伊直弼が藩主だった。井伊が暗殺された時、黄石は冷静かつ粛々と藩政を執った】

放っておけ。それより書いてある内容が見たい。予のためになるものもあるだろう。【覚書き|天下統一をなし遂げた後、街中に体制批判をするビラがまかれたときの発言。他人の意見をよく聞いて自分の弱点を補った家康の人となりをよくあらわすエピソード】

真面目で、主君思いで、協調性もあり、勤勉な上に仕事もできる。そんな心と能力を持った人間はトップクラスの良臣だ。しかし、心ばえはそこまで良くなくても、何か優れた能力を持った者ならば採用すべきだ。

目的と方向性がない場合、努力と勇気だけでは不十分である。

我々は、決して、後戻りはしないのです!
【覚書き|フォークランド紛争終結後の発言】

私はコンセンサス(関係者の意見の一致をはかること)というものは、さほど重要なものであるとは思いません。あれは時間の浪費の原因のようなものですから。

私はケチだから麦飯を食べているわけではない。いま天下は乱れに乱れ、領民も安らかな日は一日もない。そんななか私一人が暖衣飽食などできるものか。私が麦飯を食っているのも、少しでも節約して軍資金に回すためなのだ。

1980年代の米国マネジメント協会の出版物によれば、最も成功する管理者とは、「不確かなことに耐える力が大きく、直感的な判断力を持っている人」だった。今では時代の変化の速度はもっと早くなっているから、不確かさに対する「耐性」だけでは十分ではない。不確かさを喜んで受け入れられなければならない。

知的好奇心が強い人は、性的好奇心も強いのは当たり前であり、事業欲や開発欲の強い人は金銭欲も名誉欲も強くて当たり前である。その中で、とびぬけて欲求が強い人が社会を引っ張るリーダー足りえるわけで、リーダーたちに禁欲を求めるのではなく、逆に欲望や好奇心に対して寛容にならないと社会全体が老け込んでしまうだろう。

人は信頼されて仕事を任されれば、未知の分野でもよくその任務をこなすものである。むしろ以前の職種より能力を発揮するケースだってある。要はその人の才能を見抜き、任せることだ。

上司にとって部下は大事な戦力です。それを「ダメ部下だ」と決めつけているようではいけません。「あいつはダメ」と切り捨ててしまうと、その部下に対しては出すべき指示も出さなくなり、仕事の分担からも外すことになってしまいます。それでは組織としての戦力はダウンです。

競争によってのみ会社は発展してきたとみるのは間違いではなかろうか。競争というのはモノを生産するよりも、むしろ奪い合うものだと思う。奪い合った結果は、破壊に落ち着かざるを得ない。反対に協調すれば生産は増えていく。

中途採用の人たちは経営実務のベテランとして期待したし、それなりの力もあったようだ。ただ、組織的な仕事の進め方から逸脱し、自分勝手な判断で仕事をするようになってしまった。ほかの社員にも悪影響が及び、僕ははなはだ困った。中核となる社員は若いうちから手塩にかけて育てなくてはいけない。そう肝に銘じた。

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