教育・子育ての名言格言一覧

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教育ということを間違えてはいかん。子供時代の教育こそが、人間をつくる。

子供たちの「いいとこ探し」をして、褒めて伸ばしていけば必ず真っすぐに育つ。

祖母や両親は、自らが模範になって私に大切な事を教えてくれました。私はそれを「静かなる躾」と呼んでいます。

教育とは「師生同学」だと、私は思っています。先生と生徒が同じ目線で学ぶということです。上から目線ではダメなんです。

教育というのは、君なら出来ると勇気付けることです。エンカレッジというのは、成功体験を積み重ねること。それが教育です。

叱って子どもを自立させるのが親の役目ですから、嫌われて当たり前。その覚悟がない親が増えているのが問題なのです。

子供って、父親から学ぶもの、母親から学ぶもの、ばあちゃんから学ぶもの、それぞれ違うと思うんです。

賢母あらば賢子あり。

子どもの前で、親は人生を楽しんでいる姿、仕事を楽しんでいる姿を見せなきゃいけないんですよね。元気のない姿や疲れた顔を見せないことが大切。ぼく自身、意識してそうするように心がけを変えましたし、お父さん、お母さん方に向けて話をするときには、「明日から『疲れた』と言うのをやめましょう。楽しそうな顔を見せるだけで子どもは変わります」と言っているんです。

私は惣菜・仕出し店を営む母に女手ひとつで育ててもらいました。私は子どものためになりふりかまわず働く母の本気の姿を見て育ちました。今でも深く感謝しています。私たち子どもは幼い頃から母の仕事を手伝いました。納豆の配達もしましたし、近くの海で魚を釣ってさばいて店に納めました。おかげで「食」という縦糸ができて、商社時代から現在に至るまで食に携わり続けています。学習塾などには通いませんでしたが、母に最高のキャリア教育をしてもらったと思います。

私が生徒を叱るのは「怠けたとき」「人の心と体を傷つけたとき」「嘘をついたとき」だけです。

子供にはあまり「勉強しろ」とは言いませんでした。小学校の頃から「冒険しろ」「一緒にキリマンジャロに登ろう」と。要するに面白いけど、苦しいことをやらせるわけです。れを何回も経験させるんですよ。勉強だって苦しくなってくる。それを「面白くなるように工夫してみろ」と言っていたら、いつのまにか医学博士を取っていて。

子孫を本当に幸福ならしめるには、その子孫を努力しやすいように教育し、早くから努力の習慣を与え、かつできるだけ努力の必要な境遇に立たしめることである。

自分が悪かったときは子供たちの前で、「ここはママが悪かったから謝る、ごめんなさい」といいます。たまに「それは間違っている」と子供から指摘されることもあるけど、でもそれで家族みんなの気持ちが整理され、安心するんです。

母は、私が高校生の頃から関心を持ちそうな経済番組をよく録画してくれました。たとえば大塚製薬の「ポカリスエット」をいかに苦労してヒット商品に育て上げたかといった、何かを創り出すストーリーには感化されました。いまも母は毎週、録画・編集した経済番組をDVDに焼いて送ってくれます。そんなアンテナの張り方は母から影響を受けたかもしれません。

育児をすると忍耐力がつくし、いろんなことを同時にこなさなくてはならないから、周りが見えてきます。楽しいけれど大変ですから、必ず親を成長させると思います。たとえば、部下の扱いにしても、子育てを経験した上司の方が上手いんじゃないでしょうか。だから育児は、会社にとってもメリットになるんです。

娘には「親は味方だ」ということをハッキリ言葉にして伝えました。いじめにあったときなど、世間の子はそれを親に言わないで事が大きくなることが多いですよね。僕は娘のためなら死んでもいいと思っている、だから何かあったらすぐに言って欲しい、と伝えました。

ドロップアウトする子たちというのは、多くの場合、親に見捨てられ、学校に見捨てられ、地域に見捨てられているんですね。それを防ぐには、まず親が意識しなくちゃならない。親は何かのメッセージを子供に伝える必要があると思ったんです。そこで自分にできることは何かと考えると、黙って背中を見せて「親父はすごい」と思わせることは僕にはできない。でも、笑わせることは得意だ。よし、それなら自分の娘には「生きるって楽しいんだ」と徹底的に感じてもらおうと思ったんです。

母は私に舞台に対する興味を植えつけだした。自分には才能があると、私が思い込むように仕向けるのである。

当時の私たちのようなどん底暮らしをしていると、つい言葉づかいなど構わないようになりがちだった。しかし母は、いつも周囲の風に馴染まぬように心がけ、家族の言葉づかいにも注意深く心を配り、文法上の誤りなどは訂正し、私たちが周り(の貧しい人々)とは違った人間なのだという自覚を植え付けようとした。
【覚書き|幼少期の極貧時代を振り返っての発言】

幼児はハシカよりもっと恐れや怒り、憎しみや冷淡に感染しやすい。自分が好かれているか、嫌われているかということに、子供は食物と同様に反応する。一家の感情の中で自分の締めている立場をよく覚(さと)る。親の精神状態は直に子供に反応する。とくに親の怒りは子供に大きな衝撃を与えます。

人間が成長するということは、児童・少年のころに与えられているところの自然的素質・能力をいかに深くするかということだ。それが教育の使命である。幼少時代によく教育すると、17、8歳で立派に人として大成する。幕末、明治の人物は皆、20歳前後で堂々たるものです。

親が子供の心に情熱を残してあげることができたら、それは最高の形見になるだろう。子供は素晴らしいエネルギーをもって人生に取り組むことができるからだ。

鍛冶場では、火を吹き、鉄棒から余計な成分を除いて、鉄をやわらかにする。純粋になったところで鉄棒を打ち、強い力を加える。そしてほかの水の成分によって、鉄棒は再び強くなる。同様のことが、人に対してもその師によって行われる。

子供たちには親のお金をあてにするような生き方をしてほしくはありません。だから、教育には投資するけどお金は一銭も残さない、というのがポリシーなんです。

子供は真実を映し出す鏡である。彼らには驕りも、敵意も、偽善もない。もし思いやりに欠け、嘘つきで乱暴な子供がいたなら、罪はその子にあるのではなく、両親や教師や社会にあるのだ。

競争もない、結果の差もつけないという優しさは真の優しさではない。行き過ぎたヒューマニズムは動物としての活力を奪い去る。今のように、子供たちを無競争、無菌状態で育てることは将来に禍根を残すことになる。いや、現実にもう出てきている。

専門的な知識を習得することではなく、自分の頭で考えたり判断する一般的な能力を発達させることが、いつでも第一に優先されるべきです。

絵が上手いとか、駆けっこが速いとか、泳ぎが上手いとか、勉強が駄目でもいいところを見つけて褒めてくれたり、伸ばそうとして励ましてくれたり、思えば優れた教師たちがいました。
【覚書き|小学校時代を振り返っての発言】

子供のころ、アラバマの実家では誰もがよく働き、「あとでやる」とか「怠ける」といったことは聞いたことがありませんでした。それをいま、私が二人の娘に伝えているんです。

僕は見た目も怖そうじゃないし、当時は話術で人を惹きつけるほどの能力も持っていませんでした。だから生徒はちっとも教壇の方を向いてくれず、やりたい放題でした。そこで生徒の興味を引くために始めたのが、インパクトのある実験です。静電気をためておいてから生徒に手をつながせ、ビリビリッと感電させる実験とか、教壇から火を噴くとか、とにかく生徒が少しでも関心を示してくれる実験ができないか、常に考えていました。
【覚書き|教員時代を振り返っての発言】

私は子供のころ、学校の成績がいい方ではありませんでした。でも父親は、「おまえは将来、すごい人物になるぞ」といつも褒めてくれました。根拠なんてないんですよ。ただの酔っぱらいの戯言でしたから(笑)。でも、そう聞かされているうちに、不思議に自信がついてきました。私の場合はたまたま父親が褒めてくれましたが、周りにそういう人がいないことも多いでしょう。そのときは、自分で自分を褒めてあげるしかありません。まずは些細なことでいいから自分を褒めて、やる気を自家発電する習慣をつけることが大切です。

道場で子供と接していると、辛抱できない子供が増えている気がします。やはり、親が甘やかすからでしょう。でも、苦痛を避けてばかりいると、人の痛みも想像できない大人になってしまうと思います。

文部科学省の調査で「理科の授業が苦手」としている先生が小中学校で6割以上もいます。理科が苦手な先生から教えてもらったのでは、絶対に面白くならないし、興味もわかなくなります。私が理科や数学を好きになったのは、中学のときに素晴らしい理科の先生がいたからです。教え方の上手な数学の先生もいました。先生の影響というのは、すごく大きなものです。

いま、子供を叱れない、生徒を叱れない、部下を叱れない人がいる。何やってんの。叱ることが愛情だよ。

私自身まことに良い環境に置かれたもので、小さいときから「働く習慣」が知らず知らずのうちに我がものとなって、少しもそれが億劫でなくなった。私は学校教育の機会には恵まれなかったが、この勤労教育には大いに恵まれた。ここに、あれこれ仕事を命じた父の本意と慈愛があったものと、私はありがたく感謝している。
【覚書き|幼少期から家業の薬屋を手伝わされたことについて語った言葉】

いまの親は、子供の能力を冷静に見る観察眼を磨き、子供の選択に対して、ときにはNOときっぱり言える賢明さと自信を持つ必要があるように感じます。子供はいつまでも親のスネをかじっていられると思うから「好きなことが見つからない」と甘ったれた言葉が口にできるのでしょう。とりあえず食べていかなくてはならない状況なら、好き嫌いはさておき、収入を得る道を探しているはずです。

ある会社の人事部が「使える新人」と「使えない新人」を分けるポイントを社内調査したところ、使えると言われた新人は皆、子供のころから親の手伝いをしており、使えない新人は手伝いをしたことがないという結果が出ました。つまり、小さいころお手伝いをしていたかどうかが使える人材かどうかを分けるということです。

やりたいことが見つからない子供に、私は必ず「いま、君にできることは何?」と聞くことにしています。するとほとんどの子が、「何もできない」と答えます。私はそれに「それはそうだよ。だから学んでるんだろ」と語りかけます。できないで終わるのではなく、できることをどう増やしていくのかが重要です。その先に見えてくるのが職業で、その原点にあるのがどう生きていきたいかという夢なんだと思います。

子供の教育で大切なのは、タガのはめ方と、外し方なのだ。タガを外しすぎれば、桶はバラバラになってしまう。タガをきつくはめすぎても長持ちしない。自由に何でも好きなことをしなさいと言われたって、何をしていいかわからないという子供が多いんじゃないか。自由というのはある程度の枠があって初めて成立する。なんでもやっていいよという枠のない世界にあるのは、自由ではなくて混沌だ。子供に自由の尊さや、喜びを教えたいのなら、きちんとした枠を与えてやるべきなのだ。

マイホームパパだかなんだか知らないが、いつもニコニコ笑っていて、子供の気持ちがよくわかる、物わかりのいい父親が理想だなんてことになった頃から、ども教育がおかしくなった。駄目なものは駄目なんだと父親が教えてやらなきゃいけない。父親が子供に媚びを売ってどうする。結局は自分が可愛いだけのことなんじゃないか。父親は子供が最初に出会う、人生の邪魔者でいいのだ。子供に嫌われることを、父親は恐れちゃいけない。

子供に「好きなことをやれ」というのは野放図すぎる。一番よくないのは、子供にああしろ、こうしろと指図し、親がかなえられなかった夢を押し付けることである。我慢したり努力したりするプロセスが不可欠なのだということをきちんと教え、ゴールを一緒に考えてやることだ。

2ちゃんねるは犯罪予告などが行われたという意味で、世の中に対する影響が大きかったのかもしれないと感じていますし、子供に影響を与える可能性もあると思います。しかし、僕は子供ができたときには「2ちゃんねるを見せない」というフィルタリングをするのではなく、「2ちゃんねるを見せても大丈夫な教育」をしたいと思っています。

体感することなくして情報を手に入れるということは、人を誤らせるのです。インターネットにアクセスするのは、よほど大人にならないとやってはいけないと思います。分別がつかない子供の段階でパソコンを使うこと、また率先してパソコンを授業に導入している学校が多いようですが、肝心の教師がネット上での倫理問題などに関してそもそも知らないのですから、情報の怖さを知らない子供たちにうかつにそういうことをさせるのは危険なことです。

考えるということを含めての訓練というのは、やはり読書、言葉を操って物事を考えていくことによって身につきますし、次の何かを考えたり次の何かを思いつくきっかけもまた、読書によって手に入れられるのです。間違いなく本を読んだ人の方が勝ちです。

自分の欲しいものがパッと買える時代というのは、ここ10年という歳月で日本人が手に入れた現象で、もうちょっと前の人たちは、そんなに欲しいものはなかったし、なくても暮して行けたんです。欲しいものが手に入らなかったらさびしかったか、想像力が貧困だったかというと、そういうわけでもありませんでした。どうしても我慢をしなければいけないことがあるために、自分を訓練することができたのです。

子供は叱られることよりも、手本を必要としている。

教育は、道徳と知恵のふたつの基盤の上に立たねばならない。道徳は美徳を支えるために、知恵は他人の悪徳から自己を守るために。道徳に重点を置くと、お人よしか殉教者しか生まれない。知恵に重点を置くと、打算的な利己主義者が生まれる。

母自身は高校を卒業できなかったが、おおざっぱな頑固なやり方で私に自信を植え付けようとした。何かに成功した偉大な人物の例をいくつも挙げて、同じようにやればどんな目標も達成できることを強調し、自ら求めて困難に挑戦することを推奨した。おかげで私は苦境を克服する術を学ぶことができた。

独創的な表現と知識の悦びを喚起させるのが、教師の最高の術である。

教育の秘訣は、生徒を尊敬することにある。小中学校や大学で教える事柄は、教育ではなく教育の手段である。

上着の綻びは直ぐ繕える。しかし、きつい言葉は子供の心を傷つける。

子供というのは、あなたが子どもの何を信じてあげるかによって育つものなのです。

非常に素晴らしい親子関係を築いている人が、次のように述べている。「一人一人の子供に対して、それぞれ違う接し方をしてこそ、公平に接することになる」

99人の心をつかむ鍵となるのは、一人一人に対する接し方だということである。一人の生徒、一人の子供に対する愛情と躾が正しければ、ほかの99人に対してもその愛情は伝わるのだ。その一人の人に対してどう接するかによって、ほかの99人にもあなたの思いやりのあり方が伝わる。それは、すべての人は結局のところ個人だからであり、他の個人に対する接し方を見ているからである。

俺もこの男の知遇にはほとほと感激して、いつかはそれに報いるだけのことはしようと思っていたのに、惜しいことに俺が長崎にいる間に死んでしまった。こんな残念なことは生まれてからまだなかったよ。【覚書き|貧乏時代、本屋で本を買わずに立ち読みしていた海舟に本代を寄付してくれた渋田利右衛門についての発言】

俺が見事な弓矢をとることができたのは、皆、平出政秀が諌死(かんし)したからだ。【覚書き|平出政秀は信長の教育係だった人物。奇妙な格好と行動で大うつけと呼ばれていた信長を諌めるため自ら切腹した。以後信長は家の再興と天下統一に邁進する。「見事な弓矢をとる」とは、「武士として成長できたということ」を意味している】

人生そのものが、私の教えです。

父と母の情愛は子供たちに生まれつき内在している。しかし、父の愛情は内面的なものであって、それゆえに長い時期を経過してそれ自身を明示していく。これに反して、母の愛情は外面的なものであるため、短期間でそれ自身を明示する。

子供が健全であることを願うなら、まず、あなた自身が健全であることを願いなさい。あなたが変われば子供も変わる。

多くの小中学生は勉強で悩んでいるが、一度でも真剣に勉強して良い成績を出すと、嬉しくなってものすごく自分を深めていく。それがモチベーションを高め、その後の勉強だけでなく、運動でもほかのことでも自然に伸びていくという子が多い。どんな形であれ、成功体験を持つことはとても重要なのだ。

上手い子供が贔屓されるのは当たり前。悔しければ、贔屓されるくらいの子に育てなさい。
【覚書き|指導していた子供の親から「なぜ他の子ばかり贔屓するのか」と言われたときの返答】

僕の親父はいつも「お前が決めるんだ。相談されても困る」と言っていました。したがって、中学のころから進路をどうしようかと一人でずいぶん悩みました。流れに身を任せた人もいる。しかし他人の作ったペースにずっと合わせ続けるのは結構疲れるんじゃないかと思います。

小さい時には、クラスメートの親父は授業参観に来ているのに、自分の親父だけが来ないというのでずいぶん寂しい思いをしました。でもいまは感謝しているんです。というのは、自発的に取り組む癖がついたからです。誰かに言われなければできない人もいるかもしれません。でも、何事も自分から進んでやる方が僕はいいと思う。教育の本質からいって、勉強する環境を整えるのが教育者の仕事であって、無理やり詰め込むのは教育とは違うと思います。

勉強でもなんでも、自分で自覚して行動しない限り駄目だと思うんです。僕は親父に「義務教育は中学までだ。だからそこまでは親が面倒を見るが、高校から先は強制しない。勉強が嫌なら働いてもいい」といって育てられました。だいいち、親父が私の学校に顔を見せたことは一度もありません。「学校は親が勉強するところじゃない。お前が勉強するところだ」と言っていました。

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