スポーツマンの名言格言一覧

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いまこの試合でうまくやりたい。明日になれば、明日の試合に出てそこでプレーしたい。そうやって僕はここまで来た。僕の目標は「連続出場なんて全然視野になかった1、2年目のころの試合に対するアプローチ」をずっと保ち続けることだ。
【覚書き:ルー・ゲーリックの連続試合出場記録に近づいたとき感想を聞かれての発言】

スポーツの基本は美しさと豪快さだと思う。これはどんなことがあっても守られなければならない。

教えることなんてできません。本人にその気がなければ、何を言っても同じですから。
【覚書き:巨人軍時代の発言。ダイエー時代のように若手に指導しているのかと問われて】

才能ある若手こそ、挫折を経験させなければならない。挫折はその選手を成長させる最大の良薬なのだから。

イマジネーションとディシプリン(規律)のバランスをとるのが監督だと思っています。

先入観なしに白紙で選手を見るには、結果を出す場をつくるしかない。

どのポイントもすべて大事。全力を尽くそう、全力を尽くそうと自分に言い聞かせながらプレーした。
【覚書き:グラフ選手が20歳のときの全米オープン決勝にてナブラチロワ選手と戦った時を回想しての言葉。】

自分が自分に「良くやっている」って思ったら、その時にはもう終わりが近いってことだ。

若いうちは、無駄が栄養ですね。

「俺にしかできないもの」「誰もやれなかった何か」をなし遂げたいという意欲。俺はそれを誇りにしている。
【覚書き:ケガをする可能性の高い盗塁というプレーにこだわる理由を尋ねられたときの返答】

飛行機や電車は俺が乗らなくても出発してしまうが、野球の試合はそうじゃない。俺がマウンドに立って投球をはじめなければ、何もはじまらないんだ。

私にとって背番号10というのは特別な意味を持っている。
【覚書き:ブラジル代表チームのキャプテンナンバー背番号10番について語った言葉。】

一流になれ、そうすればものが言える。
【覚書き:メジャーリーグ初の黒人選手として数多くの差別を受けてきたロビンソン選手の哲学を語った言葉。自分の地位を上げたいなら、誰もが認めるような実力をつけるべきだという趣旨の言葉】

私は意識して世界一という言葉を使った。男なら、期待が大きければ大きいほどやりがいを感じるものだからだ。
【覚書き:松平監督は選手に対し事あるごとに世界一という言葉を使った】

プライドのあるチームは、プライドのないチームよりも良いプレーをする。
【覚書き:ワールドカップ・フランス大会でクロアチア代表の印象について尋ねられたときの言葉。選手の技術や能力だけでなく自国を代表して戦うというチームとして誇りをクロアチアは持っていると評した】

いつも前進があるだけだった。失敗したら逃げ道がないと思った。旅の中止は私が自分なりに積み上げてきた実績を、一挙にフイにすることだ。そうしたら自分はもう何をしたらよいかわからなくなる。最初の屈辱の中に戻るだけだ。

人間の社会の五里霧中をさまようより、この大自然のガスの中の方が、私にとってはずっと身に合っているのだ。いやいや、この濃厚なガスの中でなら、私にも生き延びる道はあるのだ。気が狂いそうな単調さに耐え抜き、弱音を吐きたがる自分に打ち勝つ以外にない。進むこと、ひたすら前へ進むこと。

私の一番好きな言葉は、努力だ。私のモットーとしている。単純な言葉だが、何を始めるにせよ必要なのはこれ以外にないと思う。そして自分の苦しさ、悩みなどは口に出して言うべきものではないだろう。それはひとりで心の中にしまいこんで耐え、戦うもの。そして戦い終わったのちは、ケロリとしてなんでもなかったような顔をしているものだと思う。

管理野球とか、組織野球とか、わしは考えとうもない。どこが近代調なのか知らんが、選手がチームワークなんてものをいちいち考えとったら、野球なんぞできん。そんなことは上の人が考えればいいことで、わしら選手はそれぞれの持ち場の責任を全うすることが仕事やし、第一だ。

要は仕事に対する情熱、やる気や。要は勝つことや。勝とうとする意識、意欲が15年間わしを支えてきた。結局、男の精神の糧なんてものは、その男が何に対して美を見出すかの問題やと思う。わしは野球人としてのわしの美学を常に勝つことに置いてきた。

わしらはプロや。素人やない。ただひとつ。勝つことや。アマチュアなら正々堂々とかキレイごとを言っておれるし、またそれはそれで尊いことやと思う。だけど、プロは何が何でも勝つことや。卑怯とののしられようが、うしろから敵に斬りこんでいって背中に一太刀浴びせたって構わんとわしは思う。わしらはプロフェッショナルなんやから。

わしらはいつも勝つことをモットーにギリギリの修羅場を今日まで歩んできた。気がついてみたら、いつの間にかかなりの高給取りになっとった。昔、大丸工業の草野球で、2、3千円儲けては嬉々としてはしゃぎまわり、串カツをたらふく食うことを無上の快楽と心得ていた貧乏少年のわしがや。勝ってきたからや。

勝つことと、金儲けをすることが、わしの心理の上で直結していたわけではない。案外おカネには淡泊やった。プロ入り以来契約更改で揉めた記憶もない。おカネのことでごちゃごちゃするのは好きじゃなかったのだ。そりゃ、人間だからわしも一銭でも多く給料はもらいたい。でもこちらの期待する年俸が提示されなかった年でも、わしはポンポン印鑑を捺してきた。カネがもっと欲しけりゃ、来年もっと頑張ればええ。もっと勝てばええ。要は勝つんや。こう思って生きてきた。

夢を持て、でかければでかいほどいい。とにかく夢を持て。私は、事あるごとに何度もそう述べている。大風呂敷を広げておさまりがつかなくなってみろ、やらざるを得なくなるではないか。夢を持てば燃えられる。燃えられればどん底にも耐えられる。変にひねくれることもない。

どん底に耐えられれば、裸になることができる。私は新日本プロレスを旗揚げした時、一軒、一軒、キップを売って歩いた。理想のプロレスをつくり上げるために、なりふり構わず頭を下げた。十年近くたっても、私はそれをやった。浅草の街頭に立って売り歩き、それでもキップが残ったので一軒、一軒まわった。なぜなら、ほかならぬ自分へのチャレンジだったからだ。

よく、これがもう俺の限界だと弱音を吐くやつがいる。限界だ、限界だと口癖ではなかろうかと思うくらい、限界の二文字を口に出す。私に言わせれば限界なんて言葉はこの世の中にはない。限界と言うから、限界ができるのだ。

なぜ自分から限界という一線を引かなければならないのか。もともとありもしない限界にこだわると、己の力に疑問を持つようになり、しくじったり、できなかったとき、ああこれが俺の限界だ、もう駄目だとギブアップしてしまう。

私は色紙にいつの日か闘魂という文字を書くようになりました。それを称してある人が燃える闘魂と名付けてくれました。闘魂とは己に打ち克つ、そして戦いを通じて己の魂を磨いていくことだと思います。

人は歩みをとめたときに、そして挑戦をあきらめたときに年老いていくのだと思います。この道を行けばどうなるものか。あやぶむなかれ。歩まずば道は無し。踏み出せばそのひと足が道となり、そのひと足が道となる。迷わずいけよ、いけばわかるさ。

私は勝たなければならない。絶対に勝たなければならない。選手も私もやる気になった。これまで私たちはあらゆる苦闘を味わってきたが、いまはあの過去の猛練習以上のことをやらなければならない。そうしてオリンピックでの優勝があるのだと思った。

4時から12時まで、毎夜7時間だった練習が、やがて一時間延び、一時間半延びるというようになり、当然睡眠時間はそれだけ減っていった。そして自分たちはすべてを犠牲にし、眠る時間も減らして練習している。この事実がやがてソ連に負ける道理がないという自信となって選手たちの胸に集積されていった。

いいか、自分の目指すところは剛を制する剛のチームだ。そのために君たちは、オールラウンドに世界一にならねばならない。君たちは小鳥だが、巨鳥になってもらいたい。君たちはこれまで勝ち続けているからといって、オリンピックでも負けないんだという気持ちがあったらとんでもないことだ。今日から巨鳥になるためのシゴキをやるが、自分を信じてついてきてもらいたい。

別にどうということはありません。ただ自分は800(メートル)を泳ぐときは700、1500を泳ぐときは1300と考えて全力で泳ぎます。そうするとあとの100、200は苦しさで腕が肩から抜けそうです。このラストが記録の勝負です。自分はラストの分秒に捨て身の逆転を狙って賭けます。これは意地ですね。

人間窮すれば通ずるものだ。手が使えなければ足を使う。足が使えなければ噛みついても試合はできる。

俺たちは、生まれながらに偉いのではない。全力でぶつかり、失敗し、それでも立ち上がって、また失敗し、やっと何かをつかんだかと思ったら、虚しくも朝の露。しかし、まだまだくたばらない。俺には欲があるんだ、夢があるんだと向かっていく。そうして、ちっぽけながらも、自分だけができる何かをつかんできた。

最初から「我、我を欲せず」などという悟りを開く男はいない。私は、若くしてそのように言い、行動する若者に不信感を覚える。なぜ、己の体で知る前にそのように思い込むのだと。

私はプロレス修業時代、誰よりも大きな欲を持とうと思い練習した。だからつらいことにも耐えられた。苦が苦ではなかった。そして、プロレスラーを決して派手な仕事だとは思わなかった。外見は派手でも、地味な、文字通り汗と血だらけの練習に明け暮れたからで、少しも楽に生きようなどと考えてはいなかったからである。

どんな球でも一投、これすべて創造だと思います。この球は自分にとってはじめて投げる球だと思うと、なんともいえぬ感動が胸にこみ上げ投球に熱がはいりました。

いままでの僕の記録はみんな、耐えることで作られてきたんです。

小さいから大を倒せる。そこに日本武道としての柔道の意義がある。

出発するとすぐ、帰ることばかり考えるんですよね。毎日先に進みながら、いかにして先に進むかじゃなくて、いかにして引き返すかっていうことばかり考えてるんです。それがある一定のところまで進むと、もう引き返しのきかない状況までくるわけです。そこで初めて、先に進むことだけしか考えなくなるんです。

みんなが打倒中野を掲げているのですから、激しい戦いになるのは覚悟の上です。僕はいつも抑えられたら反撃することを念頭にペダルを踏んでいます。もちろんマクリに失敗することもある。しかし、それを忘れていては、この世界では生きられません。バンクに出たときは、別人のように燃えることができるんですよ。

道のりは遠くとも、目標に向かって進めば、一歩一歩近づくことだけは確かだ。

グランドに出たなら、先輩後輩の序列はないんだ。

人間の値打ちは失敗するかしないかでなく、失敗から起き上れるかどうかによってきまる。一度してしまった失敗は、もう帰ってこないけれども、同じ失敗を繰り返さないよう努力し、新たにやり直すことはできる。自分は駄目な人間だと思い込んだとき、人間は本当に駄目になるものである。

山では人にできないことが自分の力でできる。努力さえすれば、それ相応に得られるものがあるのだ。目標とするルートの困難さが大きければ大きいほど、可能性を期待する楽しみも大きい。

自分だけが頼りなのだ。信ずるものはこの腕しかない。神々の力の及ばないところに私はいるのだ。この岩と雪の中に自分がどうかしてしまいそうな不安な心持になる。そこから逃れるために、私は力いっぱいアイスバイルをふるった。行動することだけが私の神経をいやすのだ。

私は失敗を受け入れることができる。しかし挑戦しないことだけは許せないんだ。

私は、自分のバスケットボール人生の中で9000回以上のシュートに失敗した。300近いゲームに負け、26回は試合の勝敗を決めるシュートを外した。私は、人生の中で何度も何度も失敗している。そしてそれこそが私が成功する理由なのだ。

私はできる限りのことをしている。しかし、ときには自分の思うようにはならない。ものごととはそういうものなんだ。

何のリスクも取れない人間は、人生で何一つ成し遂げることはできない。

チャンピオンというものはジムの中で作られるものではない。チャンピオンというものは、彼らの奥深くにある何か、強い願望、夢、理想像から作られるのだ。

チャンピオンは、最後の一瞬のためのスタミナを備えていなければならず、他者よりほんの少し俊敏さに勝っていなければならず、技と意志力を備えていなければならない。そしてその意志力が技に勝っていなくてはならない。

50歳の時点で、20歳のときと同じように世界を見ている人間は、人生の30年を無駄にしたということだ。

友情。それは学校で学ぶものではない。しかし、もし友情の意味をまだ君が学んでいないとしたら、君は本当に何も学んでいないということだ。

大きなレースの前に私が考えていることはとてもシンプルなことだ。スタートブロックから飛び出せ、自分のレースをしろ、リラックス。もし自分のレースをすることができれば勝てるんだ。エネルギーを集中させろ。焦点を合わせろ。

どうやったらホームランを打てるか。できる限り強くバットを振り、ボールを振りぬこうとする。バットを強く握れば握るほどボールを振りぬくことができるし、ボールも遠くに飛ぶ。私は自分の持っているすべてをかけてバットを振る。大きく打つか大きく外すか二つに一つだ。私はできる限り大きく生きたいから。

私は勝つことが大好きだが、負けることも受け止めることができる。ただ何よりも好きなのはプレーすることなんだ。

弱い負荷しか体験したことのない人間は、強い負荷に耐えられない。「負」に対する免疫を作るためにはどん底を恐れてはいけない。いやむしろどん底をともにすべきだ。

長期的な成功というのは、そこに至るまでの過程での小さな勝利の積み重ねの結果であり、絶えず進歩を追い求めていけば、小さな成功が大きな成功と目標の達成につながる。

行動しなければ、失敗は100%無い。
成功も100%ないけどね。

私が実際に早稲田でキャプテンをやった経験から言えば、ラグビーのキャプテンは、プレーが続く80分間はとにかく決断の連続である。途切れることなく決断しつづけなくてはいけない。判断し決断することの繰り返し。

そのボールを取る人間が、良いタイミングで走り、良いポジションに位置する事は、誰にでも出来る事ではなく、それは練習によってのみ、なし遂げられるのである。たったあの一度の場面のために、1年間練習したと言っても決して過言ではあるまい。

データには必ず誤差がある。いくら試合のビデオをみても、日本人とやったらどうなるかは分からない。できるだけ自分の目で確かめるべき。

お約束通り勝ちました。ね。だから言ったでしょ。しっかり守れば、勝てるって。(スコットランドラグビー代表との試合後の発言)

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