人間関係・コミュニケーションの名言格言一覧

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人間関係における問題のほとんどは、曖昧な期待、あるいはお互いの期待像の相違に端を発している。仕事で誰が何をするかという問題にせよ、誰が部屋を掃除し、誰が魚にえさを与え、誰がゴミを出すかという問題にせよ、不明瞭な期待像が誤解、失望、積み重ねた信頼の減少に結び付いていることは間違いない。

はじめから主君に楯突こうと思っている者はいない。思い上がりと、恨みと、それから生じる欲心が謀反を起こさせるのだ。恨みのある心には悪事が寄り集まり、やがて主君の恩に背き不義を働き、父祖が積み上げた業績も棒に振って領地まで失ってしまう。これは足利将軍家の人々にもよくあったことだ。覚えておけ。

訪問は短く、冬の日のごとく。追い返される面倒が起きないように。

女優の方が嫌われることを恐れる。一方私は、それを大いに楽しんでいる。

暴力と武器が人間の問題を解決することは決してない。

私は、人の想いというもが言葉に変わることで無駄になっているように思います。人の想いは皆、結果をもたらす行動に変わるべきだと思います。

闇で闇を追い払うことはできない。光のみがそれを成し得る。
憎しみで憎しみを追い払うことはできない。愛のみがそれを成し得る。

弱い人間は決して許すことができない。許すということは、強い人間であることの象徴なのです。

人間のもとに誠実や正直が存在した限りでは、顔による言葉もまた存続した。しかし人間が自分自身を愛して隣人を愛さなくなって、人間の心が、語ることと別なことを考え始めるや、口による言葉が発達して顔は沈黙し偽るようになってしまった。

他人の中に見だす欠点は、あなた自身の中にあるものの反映である。

私の見解では、注目すべき人と呼ばれ得るのは、機知に富む点で周囲の人々をしのぐ人間、本性の発露を自制することを心得ている人間、そしてまた他人の弱さに対して公正に、心房強く対処する人間である。

すべての人に誠実であるのは弱さであり、従属性、いやそれどころかヒステリーの現われである。

わざわいは口からと言う。言葉をつつしみ、自分の偉さを表そうとはせず、気取られなければかえって人に尊敬され、親しまれ、自分も楽しみが多い。威張り、虚勢をはる人は他からも嫌われ、孤立し、人望を失うに至る。

銀行や生保に食い込むために、私が意欲的に心がけたのは、相手と親密になるため、自分をさらけ出し、安心して付き合っていただくことだった。初対面の人でも、私は自分の経歴や家族のこと、仕事に対する考え方などを全部話してしまう。そうすると相手方は「こいつはあまり学問はないが、そう裏表もない人間だな」と考え心安くなってくれる。

人間は「イエス」「ノー」をハッキリ言うのが難しい。とりわけ「ノー」に至っては、大概の人は躊躇する。

人を悪く言うと一種の自己催眠のようなものにかかって、その人を悪く言わなかった時以上に、その人が悪く思われる。反対に人を褒めると、褒める以上にその人がいいように思われる。なるべく人を悪く言ってはいけないのだ。

人と交渉事をする場合、光を背にして位置することが有効であると知った。相手の顔の相の動きがよくわかると、話し合っている途中で、交渉がまとまるかまとまらないかの見当がつく。私は旧債処理のため前後八回にわたって外国へ渡り、外国商社と交渉にあたったが、これが非常に役に立った。

世の中の人はそれぞれ思想も好みも違う。部下の意見を好んで聞く人もあれば、聞くのを嫌がる人もいる。人間というものは自分の個性を殺してまで人に迎合する必要はなかろう。なにごとも私心を挟まない限り、正々堂々と自分の意見を述べるのに遠慮はあるまいと思う。

いまの若い人は完璧な上司を求めてしまうんです。完璧な上司なんているわけがないじゃないですか。この人からはこの部分を、あの人からはあの部分を学ぼうという気持ちでいれば人はみんな必ずいいものを持っているんです。

高麗橋の吉兆から教えられたことがあります。私が下足番の方と一緒に、数人のお客様を出迎えていると、その下足番の方がお客様が乗ってこられた車の運転手に駐車場の駐車スペースを一台一台指示しているんですが、これにはちゃんとした理由がありました。実は会食が終わってお客様が出てくる順番に車を入れるように指示していたんです。「なぜ帰る順番がわかるのか」と尋ねると、「人間というのは変わらない」と言うのです。つまり約束の時間より前に来る人、時間調度に来る人、遅れてくる人の順番と言うのは、会合が終わってぱっと出てくる人、トイレに行ってから出てくる人、まだしゃべっている人というように帰るときも同じだという。それが人間の性格なんです。

いろんな人がそれぞれさまざまな価値観を持っている。自分も、自分の価値観を持っている。自分の価値観を認めてもらいたいのであれば、他人の価値観も認めてあげなければいけない。それらを基礎に構成されているのが先進国社会です。そうじゃなくて、政府とか独裁者とか軍隊とか絶大な権力によって考え方や価値を拘束する、すべてを統制しようという考え方は、社会主義、共産主義、発展途上国の考え方です。

私は実にラッキーな人間で、要所要所でツキが回ってくる。でも、単に運がいいというわけではない。社内外にも多くの友人がいて、それがツキを呼ぶ大きな原因になっている。【覚書き:経営者にとっての友人の大切さ、交友関係を広げることの重要さを語った言葉】

細かいことで私欲を出したり、無理に人を押しのけたりすることは感心できません。たまに赤字覚悟、損得勘定抜きの場合があってもいい。その方が相手側の信頼を得て、結局はプラスになって返ってきます。

私が最も重視するのは「早期・重課・鍛錬主義(早いうちに、重い課題を与え、鍛え上げる)」である。どんな人でも若いうちから、能力を上回る程度の仕事を与え、厳しく鍛える。そのような困難に立ち向かい、努力を重ね、苦労を積まねば人は育たぬ。実力と人間は形成されぬ。教育はキレイごとではダメなのである。

相互信頼を本物にするため、まず自分が他から信頼される人になる。信頼される人になるためには、どのような行動基準が求められるのか。この五カ条はわかりきったことかもしれない。しかしわかりきったことが、なかなか行えないのである。
一、相手の立場になって物を考える
一、約束をきちんと守る
一、言うことと行うことを一致させる
一、結果をこまめに連絡する
一、相手のミスを積極的にカバーする

「さよなら」は大切な言葉だ。しっかりと、美しく言おう。別れの一瞬、相手の目をちゃんと見て、「さようなら」と言って、それから会釈をしよう。

今日のたいていの読者は、自分の読む文章の作者が誰であるか、何をしている人かということをある程度知らないうちは、なかなかその文章を褒めたり貶したりしたがらない。

人を動かすには、相手の欲しがっているものを与えるのが、唯一の方法である。

人間関係には「作用・反作用の法則」があるので、「俺を認めない部長が悪い」などとグチや悪口をいえば、必ず倍になって返ってきます。悪口が相手の耳に入れば、ますます上司から嫌われ、評価が下がるだけ。反対に、グチをいわずに上司に指示された仕事を一生懸命やっていれば、上司も「俺のためにこんなに頑張ってくれるなんて、いい部下だな」と思って、その人を可愛がるようになる。

海外で応援をやると言葉以外のところで伝わっている感じが強くしますね。面白いもので、「伝わらないんじゃないかな」と不安を感じながらやっていると、ほんとに伝わりにくい。「絶対に通じる」と思ってやっていると、向こうも笑顔でリアクションしてくれるんです。

それならば、わしが目付を買って出よう。お前は副吏と心得よ。副吏の心得をどのように思うか。家中の者たちから恐れられるようになろうとしては、かえって害が出てくるものだ。上よりまず礼儀を正し、家臣はその恩恵をかたじけなく感じて我が行いを恥じるようになりたいものだ。
【覚書き|弟の島津義弘から「最近平和になり家中の若者たちの風紀が乱れてきたので厳しく叱っていただけませんか」と進言された時の返答】

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